□NC700Sの乗り方のナゾ(大野城プチツーリング編)
□プリウスリアダンバー強化ボルトのナゾ
□新型プリウス50のグレードのナゾ
□大手を振って罷り通る粉飾と市場操作のナゾ
□2015年ショパンコンクールにみる地殻変動のナゾ
□Webmasterの邪馬台国考のナゾ
□アドレスV125に見る老齢者用バイクのナゾ
□NC700Sの飼い方のナゾ(お役所通い編)
□規制変更で蘇る125ccパワーのナゾ(EN125のマフラー変造編)
□真夏の大型プチツーリングのナゾその2(NC700Sに見るNRの怨念編)
□真夏の大型プチツーリングのナゾ(W800とCB1300編)
□鳴るEN125のリアブレーキのナゾ
□プリウス5W-30オイルの影響 結果編
□焼き餅焼きのVaioG故障のナゾ(ファン注油とXP延長サポート編)
□焼き餅焼きのアドレスV125のブレーキ整備のナゾ
□多走行リード100リストアのナゾ(その3)
□多走行リード100リストアのナゾ(その2)
□多走行リード100リストアのナゾ
□始動がいま一つのV125ナゾ
□福岡周辺日帰り温泉めぐりのナゾ
□原付二種EN125の前スプロケ16Tのナゾ
□カブリのとれないイリジウムプラグのナゾ(アドレスV125k5編)
□原付二種EN125でミニツーリングのナゾ
□Android”内部ストレージの容量がいっぱいです”のナゾ
□呉てつのくじら館と江田島観光のナゾ
□2台のロートルマウンテンバイク整備のナゾ
□電源種別発受電実績に見る新エネルギーのシェアのナゾ
□アップルウォッチにみるアップルの終わりの始まりのナゾ
□ふるさと納税でやってきた佐賀牛のナゾ
□プリウス5年車検のナゾ(5W-30オイルの影響編)
さて今飼っているNC700Sだが、重量が211kgとEN125の120kgに比べると当然重い。8字旋回をしてもなかなか小さくは回れない。
臆病なwebmasterはなかなかNC700Sを長距離ツーリングに連れ出す気になれなかったので、毎日8の字ばかり練習してもう3ヶ月になった。1000回を超えたころからやっとフルロックでの旋回ができるようになった。
NC700SはV型エンジンに似たシリンダ配置のために大柄で小回りは苦手なのだ。ホイールベース1525mmはハヤブサの1480mmより長くZZR1400と同じなのでタイヤも小さく見えてバランスが悪い。それでも1500回ころからバイクと仲良くなってきてタイヤも一皮剥けて滑らなくなったのでプチツーリングに連れ出すこととした。
といっても、すでにスクーターやEN125で近場のツーリングポイントは行き尽くしているので、今回は遺跡見物をかねて大野城に登ることとした。道路状況は良いがツーリング人気から外れていて車が少ないことが選んだ理由である。なお未だ高速は一度も乗っていない。
大野城は太宰府の防衛するための山城である。日本と百済連合軍は白村江の戦で唐と新羅連合軍に惨敗し朝鮮半島から撤退を余儀なくされた(663年)。大和王権は新羅・唐連合軍が九州まで攻めてくることを恐れて太宰府に水城を作り、それを見下ろす四王寺山に8kmを超える土塁を築いたのである(665年)。
最後に大野城を訪れてから既に30年近く経過しているが、何故か急に大野城の土塁から太宰府と福岡を見下ろしたくなったのである。カメラは安くて評判の良いSJ-4000を使ってみた。SJ-4000はそもそもがGoProのパクリだが、さらにSJ-4000の偽造品も多数出回っていて注意が必要である。
カメラは前ディスクブレーキのリザーバーの上に固定した。手ブレ防止を設定したが効いているかどうかわからない。1080pは電池とメモリーの消費が激しいので今回は720pとした。
以前は簡単に着いた登山口だが、付近が都市化していてて入り口が解らなくなったGoogleMapを見ながら何度も遠回りしているうちに県民の森駐車場に着いていた。そこでカメラをセットして駐車場から焼米ケ原を経て太宰府に抜ける山道を撮影することとした。
まず県民の森広場から焼米ケ原である。走り始めるとブラインドコーナーの路肩と中央線に大量の落ち葉があり肝を冷やした。
最初のブラインドコーナーで枯れ葉を見てビビっている。動画の最後の右側に見える高まりが焼米ケ原の土塁であり、近くには倉庫の遺構もある。土塁からは太宰府や国立九州博物館から福岡方面まで広く眺望が開けている。かつては現在の海岸線よりかなり内陸まで海が貫入していたが、ここを守る防人はどのような心境で海を眺めていたのであろうか?
大野城が築かれたのは白村江の戦に先立つ大化の改新(645年ごろ)の直後である。大和王権も徐々に安定してきたが万全では無かった。当地ではそれに先立つ継体天皇22年(527年と推定)に新羅と呼応した磐井の乱があった。磐井は処刑されたが磐井一族は糟屋の屯倉を朝廷に献上することで存続を許されたが、またいつ反乱を起こすかわからない状態であった。
そもそも東遷した後の邪馬台国の形骸が磐井一族として存続していた可能性がある。継体天皇に先立つ倭の5王の武に比定される雄略天皇(獲加多支鹵大王)の名を刻んだ銀錯銘大刀が江田船山古墳から出土しているが、この古墳も磐井一族のものとされており、大和王権と磐井一族との微妙な距離感を示している。
672年には壬申の乱があり、筑紫大宰の栗隈王は大友皇子(弘文天皇)から都に兵力を送るように命令されたが、太宰府の防衛のためにこれを断っている。太宰府は内外の敵に対する朝廷の重要な橋頭堡であり、兵力を空けるわけにはいかなかったのだ。
この時代には白村江の戦で連合した新羅と唐は戦っており、唐は新羅を挟撃するために百済再興を画策し、新羅は唐を挟撃するために高句麗の再興を画策していた。両者は日本と軍事的に連携するために頻繁に使者を送っていた非常にややこしい時代であった。
さて、焼米ケ原から太宰府に進めるが、やはり落ち葉で滑りやすいので慎重にラインを選んで降りる。低速トルクが広い回転域で十分にあるので坂道でも楽ちんである。対向車には一台も出会わず天気も上々であった。動画では速度感が誇張されているが実はノロノロ運転である。
NS700Sは低速トルクがあり鼓動感も強いので、さほど回転をあまり上げなくても十分に楽しむことができる。かなりハイギヤードでローとセコの範囲が広いので、頻繁にギアチェンジの必要も無く乗りやすい。
山を降りたら太宰府天満宮の裏手に着く。菅原道真が自ら刻んだとされる仏像は、天拝山の麓にあり藤で名高い武蔵寺の奥の御自作天満宮に安置されている。近くには菅原道真が身を清めたとされる紫藤の滝もあり、ぜひ一度は訪れたいところだ。
菅原道真の死後、遺体は安楽寺まで牛車で運んで葬る予定だったが、牛車が安楽寺の門前で動かなくなったので、その場所に廟を建立された。その後都で天変地異が続き醍醐天皇がたたりをおそれて立派な天満宮をこの地に建立したのである。
なお福岡市の中心の天神にある水鏡天満宮は、左遷されてやつれた姿を川面に移した今泉に建立されたが、その後現在の天神に移設されたものである。
太宰府付近には多くの遺跡がある。福岡空港の南には日本で最初の水田の遺構とされる板付遺跡がある、
その山手には集団墓地である金の隈遺跡、やや南には日本で最も早い時期に銅矛などの青銅器が量産されていた奴国の丘遺跡などがある。もちろん太宰府付近には二日市温泉もある。
観光コースとしては、これらの遺跡を見た後に大野城に登って太宰府付近の眺望を楽しんだ後、太宰府にお参りし、最後に温泉につかって帰ってくるのがすすめある。
ところで、地元民によれば天満宮の太鼓橋をカップルで渡るとトラブルに見舞われるとのことである。何でも天神さまがカップルにヤキモチを焼くとのことで、太鼓橋を避けて池付近を回ってお参りするのが吉とのことである。
世間は新プリウスの受注が話題になっている。プリウス30の時ほどでは無いが既に半年以上のバックオーダーをかかえているようだ。プリウス30のユーザーが急ぎ乗り換えるというよりはHV未経験のユーザーが大挙してオーダを入れているのだろう。
ケチで有名なトヨタは過去プリウスにコストを度外視した開発費を投じてきたが、HVユニットで採算が取れるようになった今回は車体にも鬼気迫るパワーが投入されたようである。おそらく、コラボで作ったアクセラHVの操縦性に驚愕し、またベンチマークたるゴルフの本気度に影響されたのであろう。
Webmasterはというと、過去の
□プリウスの車体強化のナゾver.5(山本式ドアスタビライザー編)
□プリウスの車体強化のナゾver.4(トヨタ純正補強材編)
□プリウスの車体強化のナゾver.3(フロントサブフレーム補強編)
□プリウスの車体強化のナゾver.2(バックドアスタビライザー編)
□アロンαはリジカラ越えの夢をみるか?のナゾver.1(プリウス補強編)
でかなりハッピーになった(未だ190Eには及ばないが)プリウスに一応満足している。現在は車体のありとらゆるネジの座金、ネジの鈑金と間、鈑金と鈑金の間をペイントで埋めるという山本式締結剛性強化法を施していて、段差でも車体はミシリとも言わない。方法は単に場所により透明ないし黒いペイントを十分にスプレーするだけである。もちろんトヨタ純正補強具の効果もあるが、掛けたコストと時間からすればver.1とver,3の効果が大きかったと思う。
Webmasterが疑問を投げかけたネジの締結剛性の問題に本家トヨタもこれに気付いたのか、86BRZではフランジを厚くしたボルトを投入してきた。以前のフランジは薄くて弱く締結力が十分な面積で板金に伝わっていなかったことを認めたのである。
ただしWebmaster的にはまだ甘いと思う。
この写真のように、プレスした板金同志の間にはどんなにネジを締めても隙間があるのだ。写真で板金の隙間にアロンαが広がっているのが見れるであろうか。ペイントであっても一定以上の面積があれば鈑金の変形を抑えるのに十分な効果がある。
さてトヨタが86/BRZに供給した強化ボルト4本はフロントサスメンバー用で、2本はリアダンパー下端用である。他にステアリングラック固定の延長ボルト2本もあるが、プリウスでもラックとメンバーの固定強化はver.1で先駆けて報告したところだ。
今回のネタはリアダダンパー下端マウント用のボルトである。当初、Webmasterはこのボルトの効果には懐疑的であったが、大メーカー2社がわざわざ投入するからには意味があるのだろう。
これは86/BRZのリアのロワアームにダンパー下端を固定するボルトだが、ダンパーにはスプリングが組み合わさりストラットとして上端はボディーに固定されている。つまりこのボルトには車重とダンパーの減衰力が加わるので、バンプすると車重の2倍近い荷重が掛かる。
そうすると微視的にはボルトが曲がりロアアームが変形してもおかしくないし、フランジが座屈することもあり得る。そうすればバンプしてもロアアームの変形のためダンパーやスプリングが効かないことになる。86/BRZのリアロアアームは駆動軸から外れた位置にあるためバンプや駆動力で変形(捩れ)が発生するのだろう。
強化ボルトでダンパーを効かせるとともに、ロアアームの剛性をボルトとダンパーのカーラーで強化するのが目的のようだ。もともと86/BRZのリアサスはAWDとして300ps/4=75PSを負担する前提の設計なので、200PS/2=100PSには若干の強化が必要だったのだろう。ということで、ダンパーにスプリングが組み込まれた86/BRZではボルト強化を施す理由は理解できる。
ところがcarviewやネットを見ると、この強化ボルトをプリウスのリアダンパー下端の固定に使うと乗り心地が良くなるとする情報を見かける。
プリウスのリアサスはトーションビームを用いたトレーリングであり、スプリングシートの後端にリアダンパーマウントがある。プリウスではダンパーは減衰力を負担するだけなのにボルトを強化して効果があるのか?
そこで、左右ダンパー下端のボルトを締め、ボルトナット座金や板金の隙間にたっぷりペイントを注入した。さらに時間を置いて数回ペイントを盛ってみた。ボルトは交換しておらず締めてペイントしただけである。そして、国道385線をかなりの速度で山茶花の湯まで(当然温泉に入って)100kmの山道を往復してみた。
結果は意外なほど効果が高いものであった。まずリアサスからの音が小さくなった。プリウスのリアサスは段差を踏むとドシャン的な緩い衝撃音(おそらくリアサス全体の遊動によるもの)がするが、それがドン、トトンという感じに変化した。カーブでもリアの落ち着きが良くなった印象だが、ダンパー下端のボルトを締めただけでどうしてこれほど変化するのか?
それからかなり考察をめぐらした結果が下記の説明である。
プリウスのリアサスは鋼管製の2本のトレーリングアームとそれを結ぶトーションビームでできている(図はトヨタ整備書より)。この形式のリアサスはVWが長年改良を続けてきたものが世界中のメーカーに広がったものだ。構造が簡単で、間に燃料タンクを抱えることができるなどFF車ではスペース効率的にもメリットが大きい。プリウス30のリアサスは基本的にはゴルフからパクったものである。
バンプしてもアライメントの変化は小さく下手な独立懸架のような破綻がない。コーナーリング時に外側車輪がトーアウトになる問題は、前マウントの軸の角度の設定とブッシュの変形でトーインになるように改良されている。これもサンタナ/Audi80の頃のVWのアイデアで、当初は軸は傾いておらず三角形にカットしたブッシュで変形の方向性を出していた。
逆位相バンプでのトーションビームの効き具合(スタビライザー効果)はVWが長年トレーリングアームとの結合部位の形状を工夫してきてほぼ形が固まったところである。材質や製造法自体は日本の方が進んでいるが、構造材や溶接ラグの形状や応力を逃がす穴など実に細かい工夫がされている。世界中のメーカーがVWのこのサスをパクっているが、細かい配慮までは見落としている場合が多く、トヨタもかなり注意深くパクってはいるが、それでも今回の見落としが発生している。
トーションビームの欠点の一つがサスからボディーへの入力点が少ないということである。モノコックでは入力点を分散することでNVHをコントロールするが、このサスでは前マウントにNVHの入力が集中するのでブッシュとボディー構造に工夫が必要なのだ。
ブッシュを緩くするとNVHが減るが後輪の位置決めが甘くなり、悪路ではサスが踊る。ブッシュを堅くするとNVHが気になる。この問題の解決にもVWが長年腐心してきたのがゴルフでのサスの進化を見ると良く理解できる。もう一つの欠点はトーションビームがプロペラシャフトと干渉するのでAWDに使い難いという点だ。
トレーリングアームにスプリングシートがあり、その後端にリアダンパーマウントがある。これらの材質は電縫鋼管(JFEスチール)の焼入れによる1200MCapの高張力バネ鋼であり、トーションビームやトレーリングアームも微視的には捩れや曲がりで常に変形している。
そもそもトーションビームサスは丈夫なように見えて全体が常に変形しながら遊動する代物なのだ。またサスの前マウントは逆位相のバンプを許容しカーブ時の車体の荷重で外側車輪がトーインに向くようにブッシュの特に左右方向の剛性が落とされている。既に車体強化ver1ではこの前マウントのボルトにもアロンαが施してある。
サスがNVHで水平に揺動した時に抵抗するのは前マウントのブッシュだけのように思えるが、実はそうでは無い。
ダンパー下端のボルトの締結剛性を上げると左右方向の剛性が支持が高くなり、ダンパーの上下ブッシュがサスの左右の揺動が減ると同時にキャンバー変化を抑えてコーナー外側後輪のトーインを確実化すると考えられる。つまりダンパーの支持剛性が明確化してストラット的な支持剛性を持つようになるのである。
またダンパー下端カラーの支持剛性を上げることで低級音を減らす効果があるようだ。同じ効果は多くのトーションビームサスでも効果があるハズである。過去トーションビームで安物サスと攻撃されてきたアルファードやベルファイヤーでも効果があるだろう。
納得されたであろうか?え、納得出来ない?
それでは、今回の回答になる写真がある。いかに懐疑的な人でも即座に納得するであろう。
(ビジュアル効果のために故意に開けてあります)
Webmasterは考察が終了した後に見付けたが、もっと早くこの写真を見ていればと後悔したのである。現行ゴルフVIIの下側のリアダンパーマウントは以前の片持ちの簡便なものからガッチリとした閉断面でダンパー下端を咥え込むとともに箱型の上は開いてリアハブの変形を抑えるように改良されている。敵はダンパー下端マウント金物でタイヤの支持を明確化する重要性をちゃんと解っていたのだった(画像はインプレスサイトへのリンク)。
トーションビームとトレーリングームの結合部のスプリングシートの形状と中央の突起物、ダンパーマウントの形状、ビームに開けられた剛性調節用の穴、コイルバネの固定方法などにキャンバー変化を抑えるための細かい配慮があり、これでトーションビームの捩れ剛性もトレーリングアーム接合部から中央部に向けてプログレッシブに変化するように調節されているのだ。トーションビームはボディーへの入力点が少ないが、ダンパーやコイルバネの支持剛性を上げることで見かけ上の入力点を増やすことはできるということだ。
排気対策デフォートで袋叩きのVWだが、安車仕様用のトーションビームサスにもアウトバーンを走る国のサスには細かい改良が続いている。これをプリウスのマウントと比較すれば、今回のトピの真意が良く理解できると思う。
思えばホチキスドライブ(板バネ)時代からダンパー下端はサビや摩耗でガタがでても当然と扱われて来たフシがある。しかしタイヤのグリップが向上し車が高速化すると、ダンパー支点は操縦性や騒音に大きな影響を持つのである。プリウスのリアサスのダンパー下端にもう少しの配慮があってしかるべきだったのである。
今回、プリウス50はゴルフやアクセラをパクったリアウィッシュボーンを搭載したが、トーションビームサスにもまだまだ改善点が残っているだろう。プリウス30のリアサスの問題は、トーションビームという方式の問題と言うよりも、支持剛性の配分というインプリメンテーションの問題だったのだ。
トーションビームにはフリクションが少なくスペース効率が優れるなど、ウィッシュボーンに無い利点があるが、簡単な構造だけに細かい配慮が必要なのだ。ということは細かい配慮をリアウィッシュボーンに施せば、ゴルフやアクセラを超える足が実現できるということになる。
思えば車にはまだまだ改良すべき点は山のようにあるのだ。なお、過去ダンパーへの小細工については、
□風水サスペンションはダルな操縦性に効くか?のナゾ
□山本式方向性ダンパーマウントのナゾ
□風水サスペンションチューンのナゾ
があるので、参照いただきたい。
本日、新型プリウス50(40は現行プリウスα)がトヨタのホームページに登場した。Webmasterのプリウス30はさまざまな補強で調子が良いので、更新するとしてもマイナーチェンジ後になるだろう。
もちろん、プリウス50の性能やグレード、価格などは気になるところである。
トヨタがその技術のすべてを注力しただけあって、デザインはともかく機構面では力作であることは間違いない。米国EPA規格による燃費はこちらによれば、
city/highway = 54/50mpg combined=52mpg
らしい。さらにエコグレード(Two Eco)では、
city/highway = 58/53mpg combined=56mpg
らしい。現行プリウス30が、
city/highway = 51/48mpg combined=49.5mpg
なので、combinedでは通常グレードで5%、エコグレードでは10%改善ということになる。EPA燃費はプリウス30では実に正確であり、2015年からは以前より測定が厳しくなっているので信用して良いだろう。
ちなみにエコグレードの56mpgは23.6km/Lに相当する。国内のエコグレードEのJC08燃費が40.8km/L、プリウス30のLグレードが32.6km/Lだったので約20%改善というトヨタの宣伝文句は実際には10%程度の改善と読むべきだろう。
良く見ると全グレードにエアグリルシャッターが装備されている。これは気温によってグリルがとじる物で冬季に威力を発揮する。Webmasterは冬季にスポンジラバーでグリルの80%を閉じているがその苦労が要らなくなる。モード燃費には関係しないが実用では確実に効果がある。
冬季の流れの良い郊外で高度のエコ運転をするとエンジン稼動時間が短くなって水温が低下する。そうすると信号停止などで電池容量があるのにエンジンが稼動することがあるが、それが防止できるというシカケである。
確かに雑巾を絞るように節約したプリウス30からさらに10%の燃費改善というのはたいしたものである。おそらく点火強化による希薄燃焼が一番効いていると思われる。なお性能や燃費はリチウムイオンとニッケル水素で差が無いことになっている。
ただし、装備が豪華で重いグレードとエコグレードのみがリチウムイオンであるところを見ると、現時点でのリチウムイオンのメリットは性能差でも容積差でもなく重量差(15.8kg)であることが解る。現状のリチウムイオンで10年の寿命を確保するとなると、ニッケル水素との性能差はあまり無いことになる。
さてグレード選びだが、現行Lグレードの軽量と加速が良いメリットを享受しているWebmasterにとって、興味の対象はEグレードである。基本Eグレードはもっともプリウスらしいグレードである。
まずEの重量は売れ筋グレードSと比べて50kg軽い。搭載電池もSがニッケル水素であるのに対しEはリチウムイオンである。SとEの価格差は5万円と小さく、以前のSとLの価格差と比べると極めて接近している。今回はタイヤが同じ196/65R15とアルミホイールなので差別されていない。
しかし性能のよいEが売れては困るので、当然どこかで差をつけてあるはずだ。
最初に気付くのは燃料タンクがSが43Lであるのに対しEは38Lと言うことである。重量差50kgの内の約5kgを燃料タンクで稼いだわけだ。EPA燃費では通常グレード/エコグレードで56/52mpgと8%の差なので、43Lの8%減で40Lとなるはずが38Lなのは、何としてもJC08で40km/Lの大台を実現するために削ったのだろう。ただしEPA燃費を勘案した実質減は2Lなので実用上は問題無いのかも知れない。
細かいところではウインドウォッシャー液がSが4.8Lに対しEは2.0Lと少ない。これで燃料減とあわせて約7.8kgの重量減になる。なお、Eではリアパッケージトレーの形状が違うようでスペアタイヤのオプション設定が無い。またEにはリアスタビライザーが無く、これが仮に2,5kg程度とすれば機構面で合計約10kg減となる。これらを除くとSとEの差は40kgになり、プリウス30のSとLの差にほぼ等しい。
トリムレベルの差は座席の生地、ステアリングがウレタン、シート上下調節の無、フロントコンソールトレイの無、コンソールボックス小型化がある。
他にはフロントフォグのオプション無(おそらくハーネスも無)、リアワイパー無、フロントガラスの撥水機能無(UV遮断はあり)、シートバックポケット無、リアセンターアームレスト無、トノカバー無、スピーカー4個(リア無)などで、過去のLグレードの設定と似ている。
意外なのは、フロアアンダーカバーがリアのみ(標準グレードはフロント、センターも)と、燃費グレードなのにグレードダウンしていており、魅力が乏しくなっていることである。今時は空力技術が向上してフロアアンダーカバーのメリットが乏しくなったのかも知れない。
SとEの装備差は価格5万の差にしては大きく、リチウムイオン電池がコストを食っているということだ。Eの重量減の詳細が定かでないが、ボディーサイズとタイヤサイズ拡大やリアサスによる重量増がリチウムイオン電池による軽量化とちょうど均衡している雰囲気だ。
現行のリチウムイオンのメリットはわずかな軽量化以外にはさほど大きくなく、それがコストに余裕があるクラウンやレクサスでさえニッケル水素を未だに使っている理由であろう。一方40km/L(重量制限1310kg)達成のためには上級車を超えてリチウムイオンを投入したトヨタの必死さはよく理解できる。
今回ボーナスとしてEグレードでもToyota safty Sense PとレーンデパーチャーアラートはSと同じ86400円でオプション装備が可能である。従って、現行のLグレードで不自由無いユーザーにはToyota safty Sense Pとリアスタビさえ装備すればOK、という考え方も成り立つかも知れない。
さてWebmasterとしてのチョイスはSである。
理由だが、EはSは価格差が5万の割にトリムレベルや機構の差が大きいからだ。プリウスは全てオーディオレスなので、Sに社外ナビとToyota safty Sense Pを装備するのが正解だろう。プリウス50のナビは視線から離れた遠く低い位置にあるので、ステアリング直前にポータブルナビを置いたほうが安全だ。電池に関してはリチウムイオンの信頼性や更新費用が気になる。特に発火のリスクのある電池が後席下の室内にあるのはあまり嬉しくない。
現在はポータブルナビとこの車専用のスマホのナビ機能を併用しているが、スマホの方が目的地検索も容易で格段に情報量も多い。今時機能が低レベルの純正ナビは殆ど意味が無いと思っている。
もちろん補強したプリウス30で特に不自由していないWebmasterのFX候補はスイフトスポーツやミニ、WRXS4など絞り切れていないので、プリウス50は積極的に選ばない安全パイであろう。更新するとしてもマイナーチェンジ後であろうから、おそらくアグリーなフロントフェイスもおとなしくなっているのでは無いか、と思う。
最近の証券マーケットはかなり異常な動きをしている。その理由の一つは粉飾の横行であり、もう一つの理由は大手投資銀行の暴力的かつ大規模な空売りである。
まず粉飾だが、もっとも大規模なものは東芝であろう。日経の報道によれば税引き前損益で計2248億円の利益水増しがあったと言う。不正な会計処理の期間は2006年度〜2012年度の7年間の長期に及ぶと言う。証券取引等監視委員会が「開示書類の虚偽記載に当たると見なし、行政処分として課徴金を科すよう金融庁に勧告する方針であると言う。
粉飾の手口はどれも古典的なもので、どうして新日本有限責任監査法人が気付かなかったのか疑問である。新日本有限責任監査法人はオリンパスの粉飾事件で金融庁より業務改善命令を受けていて、東芝事件で再度業務改善命令を受ける見込みである。
以前から日本の当局には”Too big to failな銘柄は上場廃止にしない"という鉄則があるようだ。たとえば2006年のライブドア事件では、53億4700万円の架空利益を計上し虚偽の有価証券報告書を関東財務局長に提出した疑いで、ライブドアは上場廃止、堀江氏は有罪となった。
一方その直後、日興コーディアルグループが傘下の投資会社の決算上の数字に不適切な会計処理を行い180億円の利益を水増し、さらにこの決算に基づいて500億円の社債を発行したが、粉飾ではなく不適切な会計処理ということで上場廃止にならず逮捕された人間もいなかった。
なお東芝は利益水増しだけでなく、買収した原発会社ウェスチングハウスの数千億の減損処理を行わず公表もしていなかった問題もある。しかし、現時点では東芝は上場廃止になっておらず逮捕者も出ていない。このように、東証と証券取引等監視委員会の信用は失墜している。
東芝については2006年からの不適切会計ということになっていが、この年限の切り方は2005年に会長を辞任し東証会長に就任した西室氏の責任を回避するためだと思われる。東芝の手口は古典的なもので西室氏が辞任した直後の2006年からにわかに始まったとは思えない。Business Journalによれば、西室氏は退社後も「西室院政」として強い影響力を行使していたという。
さらに2013年に西室氏は日本郵政のCEOに就任した。2015年の日本郵政上場の当事者でもあることから、彼の責任を問うと国策会社の上場に影響するので責任を逃れたのであろうが、批判が多く近々辞任する見込みとの報道もある。少なくとも、東芝の存在はまともな投資家が信用できない東証から、あるいは日本から逃げ出す大きな要因になるであろう。利益水増しで2248億、さらに子会社の損失秘匿で数千億もの不適切会計が粉飾と呼ばれないことには強い違和感を感じる。
もうひとつ、東芝に比べると小規模な話であるが、最近の新生村上ファンドの事件である。村上世彰氏はニッポン放送のインサイダー取引に関して2011年最高裁は被告の上告を棄却し懲役2年、執行猶予3年、罰金300万円、追徴金約11億4900万円の判決を受けている。
最近の報道では、村上氏は取引時間が終わる直前に大量の株を安く売って株価を引き下げる「終値関与」と呼ばれる手口などで相場操縦としたとある。この手口は証券会社が毎日大手を振ってやっていることで、これが罪を問われたのは言動が問題であったのであろう。ようするに情実でパクるということである。
通常大手の会社やファンドが株を売買するときは株数が多いので自ら売買せずに証券会社に一任する。証券会社はその日の終値で決済するが、この方法は証券会社にとってはとてもおいしい取引である。というのは、予め大量の証券を場中に安く手に買っておき、終値に固まった買いをいれて値をつり上げ、その価格で全部の株を決済できるからである。
一応は証券会社内部にはファイアーウォールがあることになっているが、通常良く見られる手口でこれが罪に問われるケースは殆ど無い。同時期には旧「誠備グループ」代表が相場操縦で逮捕されている。個人的には新生村上ファンドや旧「誠備グループ」の摘発は、東芝の粉飾問題から世間の耳目をそらすためではないかと勘ぐっている。
さて空売りによる相場操縦であるが、そもそも相場操縦的行為(金融商品取引法第159条)とは、「相場を意識的・人為的に変動させたり、あるいは一定水準の価格に固定させたりして、その相場があたかも自然の需給関係を踏まえて成立しているかのように他人を誤解させることによって、その相場の変動などを利用して利益を得ようとする行為」のことである。
例としては、(1)見せ玉、(2)仮装売買(対当売買)、(3)馴合売買、(4)その他の相場操縦的行為の取引類型(市場関与率が高い状況が継続している態様での取引、買い上がり・売り崩し、高値を付ける注文・安値を付ける注文、株価を固定させるような注文、終値関与、風説の流布)などがある。しかしながら、終値関与の手口はディーラーは毎日のようにやっていることは衆知の事実である。
ある日の大規模空売りのリスト(出典 karauri.net)である。
総株数に対する空売り比率 ニコン 15.260% カシオ計算機 10.230% 大平洋金属 9.220% クルーズ 9.190% シャープ 8.880% トクヤマ 8.620% ミツミ電機 8.130%ニコン全株の実に15%以上が大手投資銀行による空売りなのである。これは、
金融商品取引法第159条の買い上がり・売り崩し
買い上がり・売り崩しとは以下の形態での注文を言う。
※短時間に株価が急騰(または急落)している銘柄について、買い上がる(または売り崩す)ような注文をする。
※直近の出来高に比べて大量の注文を発注して、買い上がる(または売り崩す)ような取引を行う。
※一日のうちで(または複数日に渡って)反復継続して買い上がる(または売り崩す)ような注文を発注する。
に該当するような気がする。現時点でニコンを1%以上空売りしている機関をみると
空売り機関者 残高割合 モルガン・スタンレーMUFG 5.580% Deutsche Bank London 2.460% GOLDMAN SACHS 1.980% Nomura International 1.310% JPモルガン証券 1.170% Societe Generale 0.570% 合計 13.07%と、たった6社で空売り15.260%の実に13.07%を占めている。しかもこの空売りは年単位で続いている。
特に業績が悪くも無いニコンでもこれだけ売れば株価は下がるし、下がると売りの提灯が付く。しかしながらこれほどの暴力的かつ長期間の空売りが相場操縦にならないとすればのが不思議である。
投資銀行は種々のデータ分析と最新のテクニックを使って血祭りに上げる銘柄を常にくまなくサーチしている。彼らが買いより空売りを常用するのは、時間的な効率が良いからだ。業績が良いからといって株価はすぐには上がらないが、大量の売りによる暴落は恐怖を呼び売りが売りを呼びさらに値を落とすことができる。人間は希望より恐怖に弱いのだ。
空売りの対象はもちろんシャープのような業績の悪い銘柄もあるが、業績もほどほどで長年安定した商売をやっている銘柄さえ利益が出るとなれば見境無く売りにかかるのである。
Webmasterの売買は短くても数ヶ月単位とのんびりしたのだが、ある日数年持っていて比較的小さく業績も悪くない企業の株価が暴落し始めた。調べると、かのGOLDMAN SACHSが全株の2%以上も空売りをしているのが解った。こんなニッチで小規模な会社までGOLDMAN SACHSがサーチして大量空売りの対象としているのには鳥肌が立った。
連中が手掛ける銘柄は、業績の善し悪しはともかく浮動株が少な目で特定株(固定株)を借りれて株価を大きく落とせる企業である。旧財閥系のニコンは浮動株が7.5%と少なく特定株が30.0%と多目で関係者が油断している所を狙われたのであろう。
通常の証券会社ディーラーの売買は日計りが主であるが、彼らは豊富な資金で決算期をはさんで数ヶ月にわたって売り立てる。ニコンの空売り残高は浮動株数より多いのでおそらく大株主から場外で借りた株式消費貸借契約なので透明性が低い。
通常の投資家は業績や将来性を指標に中長期の売買をするので、業績の良い銘柄の突然かつ理不尽な暴落に訳が分からない内に大損するのである。彼らは投資家の心情を理解しており、業績からはこの当たりが底だろうと買いが入るとすかさず売り立てて損切りに追い込む。
ただ成功ばかりでも無い。上記リストのカシオでは2014年6月から大量空売りが始まり一時は空売り比率が25%近くに達し、現在も9.35%が残っている。しかし株価は同時期に一貫して上昇し倍以上になっているから、単純に細かい売買が無いと仮定すれば空売り勢は少なくとも数千億の損失を出したはずである。このように業績が良い銘柄であって売り潰せると判断すればためらい無く数千億の空売りを仕掛けるのが連中の性癖なのである。
もちろん、それだけの金額を投入するに当たっては関係アナリストを動因して市場に不安を振り巻く。彼らが儲けるには悪材料で損切りしてくれる優良な株主が必要だからである。株価が動かないと儲からないから、金利が上がると言っては売る。景気が良くなったから金利が上がるのだがとにかく売りである。常に悪材料を探して出しているが、無ければ自分で作り出すのだ。
欧州では今まで何度も何度も金融危機が喧伝されているが、そのたびに儲けるのが彼らである。彼らがいかに恣意的な動きをしているかは、オリンピックやワールドカップ中の株価が動かないことから解る。勝負事が好きな彼らはその間だけは株価操縦がお留守だからだ。
もちろん、彼らがいなくなれば株価は業績に収斂していくと思いがちだが、株価が回復せず企業も疲弊することがある。
株価が下がり自社の担保価値が下がると、融資金融機関から担保を増やせと言ってくる。仕方なく流動資産を処分し、有価証券を売り、土地不動産を売り、子会社を売り、本社ビルを売るがそれでも不足なら会社が倒産する。従業員もリストラされ、それに依存している市町村は税収が減って困窮する。若者も流出し、商店街やスーパーも潰れ、生活が不便になって更に人口が減り、最終的には限界集落にまで落ちてしまうのだ。
破壊しつくされた限界集落からは若者が離れて戻ってこないので景気が良くなっても人口は回復しない。信用収縮は留まる所を知らず、コミュニティーの全てを破壊しつくすのである。村上ファンドなどのようなケチな案件でなく、投資銀行の暴力的な空売りを規制しない限り、マーケットは疲弊していくのである。
雑誌や新聞を見て業績が良ければ株価が上がると信じて株を買ったのに儲からず不思議に思っているあなた。ひょっとして投資銀行が大規模な空売りをしかけているのかも知れませんよ。
早いもので前回のショパン国際コンクールから5年経過した。前回では、
□近頃話題のフルコンサートピアノのナゾ(ショパンコンクール編)
というトピックを書いたが、個人的に一押しだったYulianna AvdeevaがヤマハのCFXを使用して優勝した。この回はクセのあるピアニストが多く面白かった。
しかし、今回のショパンコンクールはクセのあるピアニストが少ないせいかあまり注視していなかった。後出しじゃんけんではあるが、ピアニスト、そして使われたピアノに関してWebmasterの感想を書いておくことにする。
第1位 Seong-Jin Cho(韓国)
2011年のチャイコフスキー国際コンクールで3位に入賞していることから優勝の予想が多かったらしい。演奏は端正でミスタッチが非常に少なくソツなくこなして第一位にふさわしい演奏だったが、ノリのツボはWebmasterの好みと少し違う感じ。チャイコフスキーコンクールでのラウマ二ノフピアノコンチェルト3番の演奏がyoutubeにあるが、これも端正ながらノリはあまり良くない。パリ音楽院在学中でピアノはスタインウェイ使用。
第2位 CharlesS Richard-Hamelin(カナダ)
個人的には一番の好み。抑揚が豊かで音量もある。前回入賞したFrancois Dumontと同様にフランス系のピアニストは舟歌が上手のようだが、Dumontより元気の良い舟歌であった。珍しくコンチェルトは2番を、またバラードも3番を抑揚たっぷりに演奏した。ケベック出身でConservatoire de Musique de Montreal在学中。ピアノはヤマハCFXを使用。
第3位 Kate Liu(米国 シンガポール系)
抑揚が十分で、小さな体から予想を超えるパワフルな演奏が伝わってくる。ミスタッチは若干あるが大きく崩れることはない。米国といってもJuilliardではなく Curtis Institute of Musicで、いくつかのコンクールで入賞歴がある。小曲からピアノコンチェルトまで朗々と鳴り響かせる。特にバラード4番は良い出来である。まだまだ発展の余地を秘めているように見える。ピアノはヤマハCFXを使用。
第4位 Eric Lu(米国)
ややパワーに欠けるが、運指が繊細で脱力も効いて演奏がキレイである。演奏が楽しそうで表情も明るい。 彼もまたCurtis Institute of Music出身で、いくつかのコンクールに入賞している。バラード4番は正確かつ情感が深く、舟歌も良い演奏だった。非力な我々はこういう弾き方をめざすべきなのだろう。ピアノは予選でヤマハCFX、ファイナルではスタインウェイ使用。
第5位Tony Yike Yang(カナダ)
小ぶりだが情感たっぷりの演奏をする。技巧より情感が勝っている感じで、運指はやや固い印象。カナダ出身だがJuilliardで学んだらしい。小さめの音量をヤマハCFXが良く補っている感じ。
第6位Dmitry Shishkin(ロシア)
前回は猛威を奮ったロシア勢であるが、今回入賞者は一名だけである。彼はTchaikovsky Moscow State Conservatoireで学んだらしい。意外にもロシア系としては繊細で情感深く美しい演奏である。振る舞いや容貌などは若いときのホロビッツに似ているが音量は小さい。ピアノはヤマハCFXを使用。
そうそう、日本の小林愛美がファイナルに残ったが入選できなかった。彼女は若いときから日本人にはめずらしく抑揚が強くパワフルかつ正確で速い演奏でコンクール向きだが、今回は目立つミスタッチが多くパワフルな演奏がカラ回りした印象である。舟歌などはかなりの出来で、ノリと調子が良ければ入選できたであろうがストレスのかかるコンクールは魔物である。ピアノはスタインウェイを使用していたが、CFXを選択すればさらに有利であったと思われる。
今回の結果はおおむね順当だが、個人的には情感豊かな2位のCharlesS Richard-Hamelinが好みであった。
今回のコンクールの特徴はアジア勢の好調に対しロシア勢の不振であった。1991年のソビエト崩壊後の混乱の時代に生まれた世代では音楽教育も混乱していたのだろう。一方アジア勢は、以前からの正確だが抑揚が不足して面白くない演奏というのが相場だったが、欧米での教育でそれはそれなりに克服されつつあるようである。
今回は北米のアジア系ピアニストが優勢であった。JuilliardよりCurtis Institute of Musicが優勢なのも印象深い。おそらく米国ではJuilliardやパリ音楽院で学んだピアニストが国内に散って若いピアニストを高いレベルまで育てあげているのだろう。
かつて北米ではユダヤ系の音楽家が多かったが、最近のユダヤ系は以前にも増して投資銀行などのマネービジネスに向かっていて、努力の割に金銭的に報われない芸術家を目指さない風潮が強いようだ。コンクールで上位入賞するまでの幼少時からのとんでもない努力を教育やビジネスに向けた方がはるかに効率が良い、という考え方である。私も留学中にピアノを演奏したとき、そういうニュアンスの事を言われたことがある。
おそらく、親の教育志向が強く勤勉なアジア系はこれからも猛威を奮うであろう。黄禍論では無いが、既に米国では成績の良いアジア系学生を大学が排斥しているのでは無いか、と問題になっている。
ピアノも入賞者に限ってみればヤマハCFXが4.5台、スタインウェイが1.5台であった。CFXは全音域に渡ってスタインウェイより音量が大きく、アジア系や女性など非力なピアニストに有利なチョイスである。最近のスタインウェイはホロビッツが軋んでジャラ付くまで音量を絞りだしていた頃に比べ無理が利かない印象がある。車で例えれば、タコメーターのレッドゾーンで馬力が急速に落ちるような印象だ。
ヤマハのサポートもあろうが、CFXがスタインウェイと並び凌ぐまでピアノを作り初めてから100年以上かかっている。ベヒシュタインのコピーから始まり、60年代にミケランジェリとタローネの指導により性能が向上したのが一回目の飛躍で、ベーゼンドルファーを傘下とすることで響板の作り方が変わったのが二回目の飛躍である。日本製品をハレの舞台で見聞するのは日本人としては喜ばしい次第である。
しかし、スタインウェイがこのまま減っていくとそれはそれで寂しい。スタインウェイの鍵盤は細めでフルコンでは一番小さく軽くしかも音量が豊かなのが身上である。車で言えば常勝だったころのロータスF1のようなものである。ヤマハがベーゼンドルファー買収で得た金銭的利益はマイナスであったが、技術的な成果は大きかったようである。以前従来の作り方のC3TDと新しい響板の作りのCX3を左右に並べ弾き比べた事があるが、CX3には従来のC5クラスの音量とサステインがあり驚いたことがある。
しかし、ヤマハはスタインウェイという手本があったわけで、自力のみでここまで来た訳では無い。一方のスタインウェイの苦しいところは技術的な進歩が止まっていることと、地球環境の変化と環境保護の制約で木材の品質が低下していることである。スタインウェイのピアノは車でいえばフレーム付きモノコックであり、軽く丈夫に作るためには木材の材質が鍵である。世界でスタインウェイと似た作り方(筐体を完成した後に響板を貼る方法)で作っているのは事実上ヤマハだけで、それがこの二社が音量では突出している理由である。
原材料を安定するまで長く寝かし、また製作過程でもたびたびエージングさせるスタインウェイは、米国のビジネススクールで最も生産効率が悪い会社の見本と教えられるそうである。コンクールの優位性が落ちてくると会社経営にも問題が出てくるかも知れない。
さて次の2020年のコンクールはどうなるだろうか。個人的な予想としては、混乱から回復してきたロシアが再度盛り返すであろうが、アジア系の攻勢は引き続き続いているであろう。ピアノは音量で有利なCFXがさらに多数を占めるようになっているのであろうが、さて予想は当たるだろうか?
最近webmasterには考古学ブームが訪れている。ヒマさえあれば車やバイクを走らせ北九州の遺跡巡りをしている。また魏志倭人伝や高句麗好太王の碑文などは夢に出るほどである。次第に知識が増え、福岡近辺の多くの歴史的遺跡を訪れてみると、この地は縄文時代から今に至るまで、まことに文化や渡来人が流入し交流が続いて来た特別な土地であることを実感する。
ブームの発端は、たまたま訪れた伊都国歴史博物館の直径46cmもの大型内行花文鏡を見てからである。この銅鏡はそのサイズと文様が三種の神器の一つの八咫鏡(やたのかがみ)と同じなのだ。(写真は伊都国歴史博物館へのリンク)
当初4面と思われた銅鏡は実際には5面あり、もっとも程度の良い一面は九州国立博物館にひっそりと展示されている。しかして、説明には”国宝”とだけ書いてあり時代や背景など詳しい説明が一切無いのが不気味である。三種の神器との関連性が云々される品だけに、学究的にも慎重にならざるを得ないのだろう。少なくとも伊都国と大和王権の距離間はこの鏡のおかげでかなり近づいたのである。
この鏡は平原遺跡から出土したが、銅鏡40面を始め数千点におよぶ出土品のすべてが国宝に指定されることは異例であり、一つの墳墓からの出土品としては日本一の規模なのである。武具が少なく銅鏡やイヤリングなどの装身具が多いことから、この墳墓は王妃でシャーマンのものと考えられる。
平原遺跡は弥生時代後期で、魏志倭人伝に記載のある邪馬台国の卑弥呼が魏に朝貢し親魏倭王の封号を得たころのものである。研究者の中には、この王妃こそが卑弥呼だとする説もあるが、話はそう単純ではない。伊都国付近には縄文時代からの多く出土品があり代々王がいたことが解っている。
そもそも魏志倭人伝には末盧國(唐津付近)から
東南陸行五百里 到伊都國 官曰爾支副曰泄謨觚柄渠觚 有千餘戸 世有王 皆統屬女王國 郡使往來常所駐
とあり、唐津から陸で500里で伊都国に至る。唐津からの距離は35km程度なので、魏志倭人伝で言う1里は約70mということになる。その前に、狗邪韓国から1000余里(約70km)で対馬は非常に正確で、対馬から一大国(壱岐)まで1000余里(約70km)も正確で、壱岐から1000余里(約70km)で末廬国(唐津)は少し過大ながら全般的には正確なので、1里はやはり約70m(短里)と考えるべきだろう。
羅針盤も無い時代にしては海上の距離が正確であるが、緯度からの計算と船足からの経験から割り出した距離なのだろうが、この1里=70m前後は対馬や壱岐の位置関係から間違いないにもかかわらずいろいろ異説を唱える人がいる。あらゆる点で魏志倭人伝を素直に読まないのは近畿説を取る人達に多い。
さて、伊都国には爾支、泄謨觚、柄渠觚なる人物がいて家が千戸余り、仮に夫婦と子供2.2人が一戸に住んでいると仮定すれば5000人程度であろうか。女王国に属していて、郡使(観察使)を始め人的、物的な交流は常に伊都国を経由していた、という。
地形的にも伊都国には目印となる糸島富士を擁する糸島半島があり、その両側が大きく陥入することで風向に関係なく利用できる天然の良港があった。この地方は今でも温暖で農業や畜産も盛んである。背景に背振山系があり水量も豊かである。
伊都国以降は、東南至奴國、東行至不彌國、南至投馬國、南至邪馬壹國というように”至”が登場するなど書き方が変わり統一感があるので、これは伊都国からと考える(放射説)のが妥当だろう。なお、現在の福岡(奴国)は、
東南至奴國百里、官曰?馬觚、副曰卑奴母離、有二萬餘戸。
奴國は日本で初めて農作が始まった地域とされ、後漢書東夷傳にあるように一世紀に漢委奴國王の金印(国宝)が授けられている。それを裏付ける板付遺跡は再現像を見ても壮観である。人口は5万人程度ということになり、後漢に朝貢できるほどの国力を持っていたとすれば話が合う。
平原遺跡から海岸に沿って奴國板付遺跡まで24kmあるので百里(7km)とは距離が合わないが、日向峠経由であれば奴國の西端まで約10kmなので遠からずの数字であろう。
距離が不正確になりやすい海上の距離が非常に正確なのに対し、伊都国以降は急にいい加減になる。それは、使者が倭国に正始元年8(240)に遣わされ倭王に拝仮したとあるものの、実際には伊都国までしか来ておらず、その先は伝聞だったからかも知れない。これについては、
王遣使詣京都 帶方郡 諸韓國 及郡使倭國 皆臨津搜露 傳送文書賜遺之物詣女王 不得差錯
王が魏の都、帶方郡、韓の諸国に使者を送る場合や、郡の使者が倭国に来た場合は、皆が津に臨んで女王への伝送文書や賜遺之物を披露照合したので間違いは起きない、とあることからも、魏の使いは玄関口であった伊都国までしか来ていない可能性もある。その場合の卑弥呼像は同じくシャーマンが支配していた伊都国のイメージからであろう。
南至邪馬壹國 女王之所都 水行十日陸行一月 官有伊支馬次曰彌馬升次曰彌馬獲支次曰奴佳? 可七萬餘戸
問題のフレーズだが、方角と距離の両方を信じると邪馬台国は太平洋に入ってしまう。南至を信じれば九州説、水行十日陸行一月を信じると畿内説になる。距離は役人が自分の手柄を大きく見せるために誇大としたのか?それまで里で表現されていた距離の表示法が日数に変わっているので、おそらく楽浪郡からの総計を記したものとすればおかしくない。
Webmasterとしては文頭に”南至”とあるので方角を信じる。他に”女王国の東、海を渡る千余里また国あり皆倭種なり”とあるので、これが本州に存在した倭人国を指しているとすれば方角も合っている。
さらに方角が確実な証拠として、
自女王國以北特置一大率檢察諸國畏憚之常治伊都國於國中有如刺史
とある。つまり伊都国は女王國の北にあると記載されている。これは、上述した、
東南陸行五百里 到伊都國 官曰爾支副曰泄謨觚柄渠觚 有千餘戸 世有王 皆統屬女王國 郡使往來常所駐
のように、女王国は北にある伊都国に一台率を置いて常に郡使に諸国を検察させ国々はこれを畏れ憚っていて、これは中国の刺史(検察使)のようである、とある。検察使が置かれていることから、伊都国と邪馬台国の方角が間違っているはずはない。
そもそも近畿に邪馬台国があるとすれば、一台率を離れた伊都国に置くはずが無いのだ。古の旅人は日の出、南中、日没、夜はおそらく北極星を見ながら移動したので、方角を間違えるはずも無いのである。距離は少々不正確でもいいが方角が違うと永久に目的地には着かないのである。他にも、
計其道里、當在會稽東冶之東
邪馬台国の位置は會稽の東であるという。會稽は"会稽の恥"で有名な地名で中国の浙江省紹興市にあたるが、緯度的には鹿児島の屋久島付近に相当し、九州に近い。おそらく北極星の高度から緯度を割り出して會稽の東にあるとしたのだろうが、当時の科学水準からすれば非常に正確とも言える。この東冶については諸説あるが、この項のすぐ前の、
夏后少康之子、封於會稽、斷髪文身、以避蛟龍之害
”邪馬台国の人間が刺青して海に潜るのは、夏王の少康の子が會稽に封ぜられた時に断髪入墨して蛟竜の害を避けたのと同じ意味だろう”、という文にも會稽が登場する。會稽は中国人にとって単にわかりやすい地名として上げられたのであり、會稽東冶の東冶がどういう意味であろうが大きな影響は無い。この文章から邪馬台国は海に近いことになるが、奈良盆地は海から遠い。
このように魏志倭人伝を字面通りに読めば読むほど邪馬台国は九州にあったとしか思えないのである。近畿説の中には、当時の日本列島は右に90度回転してたので、当時の南は現在の東であるとか言う珍説もあるが、まともとは思えない。
邪馬台国の位置については古くから近畿説があるが、卑弥呼もしくは宗女「壹與」の墓に比定する人もいる纒向遺跡の箸墓古墳が造築された年代が3世紀末とする解析もあるが、全国どこを見ても3世紀中央に前方後円墳は存在しない。近畿説を唱える人は邪馬台国が九州にあったとしても、それが短時間(といっても100年以内であるが)に畿内に移動して大和王権に変貌するのは難しかろう、と言うのである。
そこで例の国宝に指定されている46cmもの銅鏡である。重さが8kgあるので実用品というよりは太陽信仰の象徴として祭祀に使われたものだろう。大和王権も天照大神を始祖とする太陽信仰という点では同じである。
邪馬台国は七萬餘戸と言うので人口は30万人余の大国になるが、あるいは支配域全体の人口かも知れ無い。これだけの人間を養うには筑紫平野ほどの面積が必要なはずだ。奈良盆地では小さすぎるのである。
既に鉄の鏃(やじり)を使用し、絹織物も産していた。風俗は礼儀正しく、上下の区別があり、長命であり、訴訟などの争い事が少ないなど、現代日本像人に通ずるところも多い。温暖、皆裸足、洋服、食物、水に潜るためのいれずみなどの風俗は南方由来を思わせるが、支配層には奴国金隈遺跡の人骨のように渡来人がいたのであろう。
これらの風俗からも、Webmasterは邪馬台国は北九州、おそらく筑紫平野付近にあって、それが3世紀末から4世紀に畿内に移ったと考えている。その過程で縄文人と弥生人は急速に融和し、その過程が記紀に神武東征として残ったと考える。小説や漫画の大部分では邪馬台国は九州にあるとしているように、魏志倭人伝を素直に読めば邪馬台国は北九州にあると考えるのが自然である。
中国の複数の歴史書から邪馬台国が実在したことは確実である。しかし三世紀後半から4世紀の短期間に邪馬台国が近畿に東遷し大和王権へ変貌するには何らかの必然性が必要で、それを説明する要因が今までの考古学で欠けていたのだ。
そこでwebmasterの説は、気候変動による邪馬台国東遷説である。
邪馬台国は大陸や南方との交易でかなりの経済力を持っており、いち早く渡来した鉄製の刀剣や農機具を有しており、温暖なため農業生産力も高かった。支配下の小国家の軍隊も卑弥呼のお告げで即座に動くような強力な指揮権を有していた。国内外の交易のための船舶量もあり海軍力も強力だった。
魏志倭人伝によれば邪馬台国には牛馬はいなかったとあるが、古墳時代に馬の埴輪が出現することから、その後に北九州には一早く馬が伝わっていた可能性があり、もしそうなら陸軍力も強力であったろう。そして、好戦的な部族を束ねていたのは卑弥呼や壹與の宗教的な力であった。昔から蛮族を束ねるには宗教が一番で、大和王権も仏教を使ったしローマ帝国もキリスト教を使ったのである。
奴の国付近に伝わった稲作は弥生後期には東北まで伝播しており、畿内にもある程度の人口を有し王権の素地となりうる有力な小国家が存在していたであろう。それはあるいは記紀に見える国譲りした出雲(オオクニヌシ)の系統だった可能性がある。しかし当時の鉄器や銅鏡、刀剣などの出土は九州が圧倒的に多く、少なくとも三世紀末の経済力、軍事力は邪馬台国のほうが畿内より圧倒的に優っていたと考えられる。少なくとも畿内には魏や晋に朝貢するほどの国力は無かった。
邪馬台国東遷説は昔からある。しかるに、いかに強大な軍事力と経済力を有していても、邪馬台国が畿内に東遷するには理由が必要だ。道中には安芸や吉備など多くの豪族が存在していたので、軍事力だけに頼って東遷するには相当な障壁があり時間を要したはずである。
そこでWebmasterは、東遷の大きな原因はこの頃の全地球的な気温低下だと考えたい。
この図は異説・地球温暖化論−CO2温暖化説は間違っている−の図表13である。由来は北川弘之「屋久杉に刻まれた歴史時代の気候変動」で、年輪の炭素14の取り込み量から気温変動を計算したものだ。
寒冷のために倭国大乱が起きたとされる2世紀から気温が回復した3世紀の後半から再度古墳時代にかけて気温が低下している。いわゆる古墳寒冷期である。その変動幅は0.5度にも及ばないが、図からは西暦300年ごろの温暖期と寒冷期への端境の急激な気候変動も読み取れる。現代のように農業技術が進んでいても僅かな温度差で稲作の作況が変わる程なので、当時の原始的な農耕に急激な気候変動と気温低下は大きなインパクトがあったはずだ。
同じころ全地球的にもいわゆるman−Floride海退期と呼ばれる気温の低下があり、これにより西暦300年から700年代にかけて中東から欧州にかけて多くの部族が移動する民族大移動時代(Great Barbarian Invasion)があった。その原因は気温低下により植生が変化し牧畜が不振となりフン族が移動したことから玉突き的に多くの部族がより温暖な地域に移動したのである。
同じころ中国でも後漢が滅亡し、戦乱の続く三国志の時代となる。魏呉蜀が鼎立しその魏(220-265年)に邪馬台国は朝貢し金印を授かったが、魏は45年で滅亡した。壹與は魏に続く西晋(265-316年)に泰始2年(266年)に朝貢し、親晋倭王に封じられ金印を授かったと晋書にあるが、その西晋もたった51年で匈奴の進入により滅亡する。
その後は東晋(317-420年)が興るが、これも97年で滅亡して南北朝時代となり、隋が581年に300年間の戦乱の後に天下統一したのがちょうど古墳寒冷期が終わる頃である。戦乱や匈奴の進入にも気候変動が関与していることは間違い無い。
おそらく3世紀末から畿内を始め東日本では急激な気候変動と寒冷化で不作が続き、農業生産性が低下したであろう。そこで強大な軍事力と経済力、さらに先進の農業技術に海軍力を併せ持った邪馬台国が船を使って瀬戸内海を経て東遷したと考えたらどうだろうか?
畿内に米作に依存したかなりの人口の小国家が存在していたとしても、農業生産の不振から飢餓に瀕していたとすれば、強力な邪馬台国の軍事力と経済力の前には戦わずに恭順するしか無かったのではなかろうか。そして両者の政治機構や分化は急速に融合して大和王権に繋がったとしても不思議では無い。
ようするに、今までの考古学には全地球的な気候変動が当時の人類におよぼした影響への考察が全く欠けていたのである。
さて、伊都国は邪馬台国の国内外の交流の玄関口であり、また近傍の人口が多い奴国を背景としてかなりの経済力を持っていた。だからこそ伊都国には46cmもの巨大銅鏡が5枚以上存在し、多くの財宝が集積していたとすれば、その銅鏡と近いものが八咫鏡として、また伊都国から出土する見事な刀剣や翡翠の勾玉(硬玉)も神器として畿内に移動した可能性がある。傍証として邪馬台国との関係が問題となる箸墓古墳のすぐ近くの桜井茶臼山古墳にはなぜか筑前宗像神社が存在している。
その後も大和王権と朝鮮半島との間で多くの往来や戦争が発生するが、大和王権にとって渡来人が多く住んでいた北九州は政権起源の一つであり、記紀にある王権にも渡来人が多く職を得ていたとすれば、九州経由で日本海を渡る精神的な敷居は低かったであろう。
記紀によればヤマトタケルの息子の14代仲哀天皇は穴門豊浦宮(山口県下関市長府)と、筑紫の香椎宮に都を定めたとある。つまりそのときの王権は九州にあったことになる。仲哀天皇の神功皇后の三韓征伐にかかわる伝承は長崎県壱岐市の月讀神社、京都市西京区の月読神社、福岡県福津市の宮地嶽神社、福岡県糸島市の鎮懐石八幡宮、福岡県糟屋郡の宇美神宮など北九州に多く残っている。
Webmasterは九州王権説に全面的に与するものではないが、古墳時代から飛鳥時代にかけて近畿と北九州は人的、物的にかなりの交流が続いていたこことは間違いないと考える。
例えば、西暦528年に邪馬台国(「筑後国風土記逸文の甕依姫=卑弥呼)の末裔とされる磐井の乱が起きたが、磐井の君は近江毛野に対し「昔は吾が伴として肩摩り肘触りつつ共器にして同食ひき」と語ったとされ、また乱が平定された後も磐井一族は北九州の領地を屯倉として寄進することで滅亡を免れている。
文化的には飛鳥奈良時代に山上憶良、大伴旅人、小野老、沙弥満誓などが筑紫歌壇とよばれるコミュニティーを作り、多くの文芸作品を残している。このように、九州という土壌と大和王権との間の文化的、精神的な距離は近しいと思われる。
というわけで、現在のWebmasterの意見としては、
強力な軍事力と経済力を持つ連合国家の邪馬台国は北九州(おそらく筑紫平野)にあり、伊都国は大陸との交流の玄関口であった。邪馬台国は気温低下に伴う農作の不振に乗じて畿内に東遷し、すでに存在した畿内の小国家群と比較的短い時間に融和し、大和王権が誕生した
と考えたいのだが、どうだろうか?
アドレスV125(k5)はコンパクトながら加速が良いのが身上だ。特に11.4psを発揮するk5は混み合う市街地ではクラス最強である。車体はコンパクトで原付一種に混じって駐車していても違和感が無い。ステップ、メットイン、リアキャリアと3箇所の積載場所を持ち、灯油缶を一度に2つ運べるなど積載能力は抜群である(キャリアの積載能力は5kgまでとなっているが)。
Webmasterも年々体力の低下を感じていて、将来的には大型二輪や原付二種MTは手放すことになるであろうから、ヨボヨボになった時に最後に残るバイクはアドレスV125一台のみ、ということも十分にあり得る。確かにV125なら戸口から戸口への移動が簡単である。
というわけで、現在18000km走行で10年選手のV125は将来的には100000kmに達するかもしれない。実際V125をバイク便につかっている業者では多くの固体が10000kmを超えて活躍中と言う。
WebmasterのV125は2005年の日本製で、加速力などに衰えは感じられないものの、10年経過して高速度での乗り心地の低下は著しく、またキックレバーが戻りにくくなるなど変調も出てきている。駆動系を含め100000kmを目指すためには何らかの対策が必要だ。
もともとV125が高速度での乗り心地が悪いのは軽量でホイールベースが短いことと小さな前輪、そして限られたサスペンション性能によるものだ。一方リード100の乗り心地は快適で、100/90-10とわずかに大きな前輪と余裕のある車体が効いていると思われる。それなら、まず前輪のサイズを大きくしてみたらどうだろうか?
前輪サイズ90/90-10 50J の外径はダンロップD307の場合だと420mmだが、これを3.50-10 51J に変えると441mmと5%も増加する。幅も93mmから97mmと大きくなり安定感が増すだろう。100/90-10 56Jも候補に上がるがオーバーサイズで重くなるし扁平比が低いので乗り心地が悪くなる可能性もある。
もちろん前輪をいっそ12インチに変える策もあり、実際にキットも発売されているが、タイヤが90/90-12(外径463mm)か100/80-12(472mm)と意外に外径が小さく、低めの扁平比から乗り心地が悪くなる可能性もある。コスパからも3.50-10がチョイスであろう。
というわけでさっそく3.50-10に換装してみた。ホイールもシルバーに厚く塗ってイメチェンを図った。タイヤを外したついでにフォークオイルも交換することにした。
交換は簡単で前輪フォークのネジ合計4個を外せばサスは簡単に抜ける。サスのトップは四角いへこみをもつネジがあるが、インパクトレンチで簡単に緩めることができる。オイルはディスクブレーキがある左側はまだ赤味が残っていたが、右側はどす黒く変色していた。同時に動いていたサスなのにどうして左右の色が違うのだろうか?金属加工精度のバラツキか?
出てきたオイルは両側とも約40mlと規定の70ccから相当減っていた。オイルはシェブロンのATF(DEX III)が大量に余っていたので2、3度新油でゆすいだ後に規定量入れた。Webmasterは190Eに冥土まで乗るつもりで大量にATFを買っておいたのである。
DEX IIIの動粘度は35.55 @40度、7.2 @100度(mm2/s MTUL社)というのでSAE粘度で10に、またフォークオイルでは10G、作動油ではISO-VG46、過去の萱場作動油の10号に相当するらしい。そういえば乗っていた初代VT250Fの指定フォークオイルはATFだった。
試運転すると前のサスは目に見えてしっかりしてきた。新しいオイルによるショック吸収性の向上だけでなくオイル量が増えたことでエア量が減り、みかけのバネ定数の非線形性が強くなったためだと思われる。
そこでこんどはキックスターターと駆動系の手入れをすることとした。今回はキックスターター系を清掃、ウェイトとドライブベルトを交換し、クラッチの磨耗のチェックとトルクカムの給脂とギアオイル交換が目的である。
フロントプーリーは規定トルクで閉まっていたので、駆動系は新車依頼初めての整備かも知れない。17gのウェイトはわずかに偏磨耗していた。スライドピースは殆ど磨耗が無く、ちゃちなリード100のそれとは大違いである。ベルトは18.9mmと磨耗(新品19.5mm、使用限界18.5mm)していたがヒビは無かった。クラッチは十分残量(使用限界2.5mm)があり、トルクカムも特に問題なかった。センタースプリングは先の突起を落とすかどうか迷ったが今回は落とさなかった。
組みあげる時にはクラッチ側のベルトを絞ってプーリー周りに余裕があるようにして締め、再度まわしては締め、最後はエンジンをかけて動作後に再度トルクを確認した。トルクはプーリー側が50Nmでクラッチ側が75Nmである。
次にキックスターターだが、整備にはネジ3個とプレートを外す必要がある。十分給脂が必要なのはキックで飛び出してプーリーとかみ合うギアと、それを支持するワイヤの間の溝、およびギアの当たり面である。今回はグリースが無くなっていたもののギアの状態は良好であった。
ギアオイルは緑色に変色していたものの透明度はまだ残っていた。これは10W-40の合成油を補給した。ドレンボルトのトルクは12Nmと小さいので注意が必要である。ガスケットは交換しなかったが、エンジンをかけてタイヤを回した後に再度漏れていないことを確認した。
今回は駆動系のプラスティックカバーとアルミカバー、エアクリーナーも塗装したので、見栄えは満足の行く仕上がりとなった。今回の整備から見て、ベルトやウェイト、スライドピース、ギアオイルなどの消耗品は30000km、クラッチはおそらく50000km以上は持つようだ。とすると次回ケースを開けるのは50000km+で、その時はクラッチとリアサスも交換すべきであろう。丁寧に乗れば33000km毎のメンテ2回で100000km達成も可能な様子である。
リード100は使用状況によってはスライドピースなどが20000km持たない印象だった。ホンダは二輪界のトヨタであって部品寿命が揃っていてメンテ性も優れる製品が多いが、少なくともリード100の駆動系は耐久性が不足している。スズキは部品寿命にムラがあってあって、ホンダより高品質な部品もあるがそうで無い部品も混在している。二輪界のマツダというところだろうが、ことV125の耐久性に関しては大量に売れ未だ多くが稼動しているアドレスV100での経験が生きているのだろう。
整備後にまず行うのは速度メーターの校正である。スマホのGPSアプリ二種類で校正したところ、速度誤差はほぼゼロであった。つまり90/90-10タイヤでは5%速度計は甘かった勘定になる。最高速度はぬわわkmを超える雰囲気であった。少なくともパワーは新車と比べても殆ど低下していないことが確認された。
高速での乗り心地は格段に改善したが、まだリード100に及ばないのはおそらく車重とホイールベースのせいであろう。ギャップで振られることは確実に減り安心して走れるようになった。また今回リアサスのバネ上端の座金と摺動する部分に注油し、微小段差がスムーズになるのを再度確認している。
これでV125は10万kmを目指して再度走り始めたのである。ここのところ続いた楽しいWebmasterのバイク整備も一段落ついたところで、当分は距離を伸ばすだけである。
さて過日飼い始めたNC700Sだが、まず首輪鑑札の名義変更が必要だ。
今回はナンバーが変わらないので手続きはタダ(用紙代のみ)である。書類に記入するだけで30分とかからない。来るべき首輪鑑札の更新手続きも予習しておいた。自賠責の名義書き換えも保険会社で10分ほどで終わった。
本体にはまずメインスタンドを付けた。個人的にメインスタンドの無いロードモデルは買わない主義である。
スタンド自体を付けるのは簡単だが、バネを引っ掛けるのが一仕事である。これには車体に付いてくるヘルメットを引っ掛けるワイヤーを使うとうまく行く。ワイヤーの輪にスプリングをかけ、スタンドのワッカをかすめて後ろに引っ張るとうまく行く。
次はリアのインナーフェンダーである。これはこちらの図面を改変して3mm厚のゴム板で作成した。
改変とはタイヤからチェーンに汚れが飛ばないように拡大する細工である。残ったゴム板でフロントフェンダーも延長した。
延長するとその先端がかなり後ろに向かうので、出来合いの品より効果的に泥をよけてくれる。
なおスクリーンもグレーでより大きなものと交換した。これによりほぼ体の範囲に風が当たらないようになった。
その後首輪の鑑札の更新に行ってきた。
走行距離が5000kmと少ないので特に問題なく新しい鑑札をいただけた。窓口も係官も意外や親切であった。同時にやってきたバイクのほとんどがライト検査でひっかかっていた。不合格の原因は光軸が上過ぎで光量が不足している場合が多いとかで、前に体重をかけエンジンを吹かすと良いらしい。
車検はまず自動車技術総合機構機構に車検の予約をするのが望ましいが、直接持っていっても問題は無い。持参するのは、
1)車検証 2)自賠責証書(過去のもの)3)軽自動車税納付証明書4)24ヶ月定期点検記録簿(新車の点検簿から切り取るかネットでダウンロード)
である。次に隣の建物の○○運輸協会に行って、
5)自賠責24ヶ月分 13700円 6)重量税納付書(重量税印紙 3800円を貼る)7)継続審査申請書20円 (27年より無料) 8)自動車検査票(審査料証書1300円、登録料印紙400円を貼る)
を入手して受付しラインに並んだ。検査は速度計の車輪が前後どちらかをボタンで指示してラインに入る。速度計検査、前後ブレーキ検査、ライト検査、排気ガス検査後に目視検査(全高、原動機場号)し合格のハンコを貰って再度受付に出せば新しい車検証とナンバーに貼るステッカーを貰える。全行程は90分ほどであった。
そうそう、おそらく騒音対策のため片方が閉じられた吸気ダクトを開放した。現在は加速騒音規制が3dB緩くなったためNC750シリーズのダクトは開放されていると言う。
この効果は著しく、加速時に盛大に吸気音が増えるとともに中速トルクが増した。
ついでにキー無しでもヒモを引けばタンクの格納庫が開くように細工した。というのは出先でここにキーを閉じ込めした方の経験談をネット読んだからだ。詳細は図示できない(笑)が、鍵の裏のワイヤー止め部からヒモをひっぱっている。さらに風で蓋が倒れても鍵が締まらないように鍵部にゴムを張った。これで蓋の鍵の部分を手で押さえないと鍵がかからないようになった。
いろいろ施したところの現状である。
転倒対策としてキジマのエンジンガード、前車軸とクラッチカバー、ジェネレーターカバーとマフラーにスライダーを付けた。リアキャリアとGIVIボックスは用意しているがタンク格納庫の威力でまだ取り付けていない。
個人的にはジムカーナの練習に使う予定なので転倒は覚悟しているが、試しに8の字旋回すると純正タイヤは寝かせると滑りまくる。見るとタイヤの外側の表面が硬化して黒光りしており、ここを紙やすりで皮剥きしないと使えないようだ。
Webmasterの腕ではNCもENもタイヤの端まではなかなか使えないが、この手の技術は若い時に訓練しないとなかなか上達しない。若い時にトライアルばかりやっていたおかげでここ30年転倒したことが無いが、基本的にバイクを寝かせる技術がWebmasterには無い。ジムカーナでそのあたりの技術が習得できればと思っている。
ただし、NCは車幅が狭いもののホイールベースが1525mmとHAYABUSAやZX-14Rの1480mmより45mmも長く、ジムカーナに不利である。しかしホイールベースが1405mmあるVTRや、1475mmあるDR-Zがジムカーナで活躍しているところを見ると、狭い車幅を生かせば使えないことも無いだろうが、現状では非力なEN125にまったく追いつけない。
NCがなかなかうまく寝て呉れないないのはひとえに現時点の腕の問題ということである。
未だ借りっぱなしのNC700Sと比べて非力なEN125にも愛情を注がなければならないと感じる今日このごろである。スペック上はアジアン原付二種では最高の12.5psを誇るEN125は最高速にこそその片鱗を見せるものの、最高速に到達するまでに無限に長い助走を要する。
一方11.4psのアドレスV125(k5)はEN125よりも遥かに短時間で最高速に達する。EN125の高回転は喘ぐように鈍な印象で、過酷な騒音規制のため排圧が高いように見える。まだ走行4900kmとカーボンが溜まるには早いので、おそらくグラスウールの詰め過ぎであろう。
さて平成26年までの騒音規制のdB(aスケール) は下記のようである。
〜平成10年 平成10年 平成13年 平成22年〜 原付一種 近接95dB 近接84dB 近接84dB 近接84dB 加速71dB 原付二種 近接95dB 近接95dB 近接90dB 近接90dB 加速71dB 軽二輪125〜250 近接99dB 近接94dB 近接94dB 近接94dB 加速73dB 小型二輪250〜 近接99dB 近接99dB 近接94dB 近接94dB 加速73dB近接騒音とは、マフラー後端から45度の角度の50cmの地点で、回転数を最高出力時の75%に固定したときの騒音である。数字をみると軽二輪には甘く原付と小型二輪に厳しい。
このため125ccでエンジンが露出していてチェーン駆動するロードスポーツ車が絶滅しかけている。一方、エンジンを強制空冷とカバーで覆いベルトを使うスクーターは騒音には有利なので、事実上原付一種と二種はスクーターばかりである。小排気量でもフルカウリング車が増えている理由は騒音規制であろう。
一方、加速騒音は一定の速度(原付一種25km/h、原付二種と軽二輪40km/h、小型二輪50km/h)から)からフル加速するときの騒音である。しかし日常では原付一種では頻繁にフル加速するものの、大型二輪でフル加速が必要になる頻度が低いので、大型二輪に不利となる。
二輪ではマフラーの大きさに限界があるので騒音規制値は馬力と直結する。結果、各メーカーの馬力が横並びになる。例えば125cc車は9psが相場だが、マフラーの経年劣化の余裕を見るとこれ以上は出せないのだろう。結果、多くのバイクはより音の大きい社外製マフラーをつけていて騒音規制はザル法になっている。社外マフラーは認定品でも加速騒音が82dB(a)まで認められているからだ。
規制のグローバル化を受けて、平成26年からは加速騒音の規制値は国際基準ECE R41-04にを準拠しPMR(power mass ratio)で決まることになった。ここで、
PMR = 出力kw/(車両重量kg+搭乗者重量75kg) *1000
で加速力を現していて、パワーウェイトレシオの逆数である。これから、
クラス PMW 規制値 速度マイク前 加速 Class1(原付一種相当) PMR≦25 73dB 40km/h 全開加速 Class2(原付二種相当) 25≦PMR≦50 74dB 40km/h 市街地加速(1.37*log(PMR)-1.08) Class3(軽二小二相当) 50≦PMR 77dB 50km/h 市街地加速(1.28*log(PMR)-1.19)加速規制は以前より2−4dB緩くなっている。わずかな数字の変化だが馬力にはてきめんに効くようで、最近発売されたバイクが驚くほど高出力(例えばMT-9は846ccで110ps)だったり、ほぼ20世紀の出力(例えば250ccのYZF-R25が36ps、125ccのリードが11ps)に戻っていたりする。
ただし加速騒音の測定は簡単でないので、騒音検問は近接騒音で取り締まられている。近接騒音は測定距離が近く加速騒音より20dB以上大きいし、近接雑音が合格していれば加速騒音が大きく外れることが無いからである。
さてEN125の近接騒音dB(a)を計測してみよう。
81.2dB(a)と出た。本来は自由空間か無響室で計測するが今回はコンクリ床で計測したので高めに出ているが、それでも平成22年基準の90dB(a)を余裕でクリアしている。今回は最大出力時9000rpmの75%の7000rpm弱で測定したが、但し書きによると最大出力回転数が5000回転を超える場合はその50%、つまり4500rpmで計測するので規制を10dB(a)以上下回っているだろう。
やはりEN125のマフラーはグラスウールを詰め過ぎである。年々品質が向上している中華製品だが、おそらく一個一個の性能は測定せずに誰かが作った指示通りにただグラスウールを詰めているのだろう。
EN125のマフラーは針金で探ったところ3室式のようで、エキパイから前室に入ってそこから管を介して最後尾の部屋に入り、そこから管を介して中間の部屋に戻って、そこから後端に管が伸びて排出されるようである。最後の管には途中に穴が無いことからいくつかの部屋にグラスウールが詰まっているようだ。バッフルに穴を開けると最後の部屋をバイパスして排気されるので、小さな穴でも影響は大きく出る。
それではバッフルに穴を開けてみよう。計測すると5mmφの穴を一個開ける度に約1dB(a)騒音が増加することが解った。大きさの割りにものすごい効果である。
3dB+を目標に3個目の穴を開けたところで騒音は7000rpmで84.2dB(a)となった。測定がaスケールで低音がフィルターされているので、耳で聞くと数字以上に好ましい低音を感じる。
さて試運転だ。
低速トルクはあまり変化していないが、中速度から高速度のトルクは明らかに増え、7000rpmを超えると苦しそうだった加速もぐんと伸びるようになった。
これでEN125の魅力も倍増した。最初にプラグをCR8Eから碍子が4mm突出したCRP8Eに変えた時にトルクの増加を感じた。次に内圧バルブを装備して高速の伸びが改善した。今回さらに高速が伸びて12.5dBという馬力を実感できるようになった。
それだけではない。変速時のギアのつながりが良くなり変速が楽になった。今まで変速中に回転数が落ちて、次のギアに繋いだ時につんのめる傾向があったが、回転数の落ちが減ってスムーズに繋がるようになった。これで危ないタクシーをかわして速い原付二種のスクーター軍団の末尾に付いて行けそうで、パワーの余裕は安全にもつながる。
もちろんNC700sの馬力に比べれば低次元の話だが、馬力に余裕の無いEN125にとってはわずかなパワーアップは大きな変化なのだ。きっちりとエンジンの馬力を使い切って走るのは楽しいものだ。
さっそく8の字の練習をしてみたが、アクセルのツキが良くなって安心してバイクを倒し込めるようになった。アクセルの遊びを詰めリアのプリロードを一段上げることでさらに具合が良くなった。アクセルをあおってもアフターバーンは無いし、プラグの焼けもさほど変わりない(元から焼け気味だが)ので特にジェット類をいじっていない。というか、これが20世紀末に設計された本来の性能なのかも知れない。
さて他にパワーアップの方法があるとすれば吸気系であろう。エアクリの入り口側のダクト長が太く短か過ぎるので、細く長いものに変えるか、あるいは口径を分割するなどしてエアクリの共鳴周波数を下げる吸気チューンの余地がありそうである。仮にトイレットペーパーの芯で口径を二分割したところ低速トルクの増加を感じたので、そのうち報告したいと思う。
というわけで、今回の変造でEN125は思わず頬擦りしたくなるほど?さらにかわいいバイクに進化したのである。
大型プチツーリング3台目はホンダNC700Sである。2012年発売で排気量700CCの水冷ツインだが、通常のタンクの所にヘルメットが格納できる事が特徴である。ホンダでNから始まる名称は新機軸の製品という訳で、NCはおそらくNew CBの意だと思われる。CBとはネーキッドで実用性のあるスポーツ車という設定で、端的にいえばセンタースタンドが装備された善良な市民向けと言うことらしい(例外あり。CBとはMotor CycleのCとCLUB MAN RACEのCとBを組み合わせたとされているが、過去GBクラブマンという車種があったことからもおそらく都市伝説だと思っている)。
NC700シリーズの詳細はNC700X FACTBOOKを参照いただきたいが、最大出力は50PS@6250と低めながら低速トルクが強いのが特徴だ。同クラスの直4CB600F(77.4PS@10,500rpm)と比べると、
中低速では2割ほどトルクが上回るものの6500rpmでリミッターがかかる。ホンダによれば、
130km/h以下では他のミドルクラスにも負けないと言う。かつては大排気量を意味した750ccも今はミドルクラスと呼ばれるのだ。初心者やリターンライダーにとって低速度でトルクと鼓動を楽しめるのは安全で、ある意味モダンなW800と言えるかも知れない。一方スーパースポーツ志向のライダーはこのバイクの存在価値すら認めないだろう。今回試乗したのは、
2012年式だが走行は4900kmと少なく状態は良い。始動すると排気音は非常に小さく、そのせいかエンジンからはカシャカシャカラカラと0w-20オイルが入ったエコカーのエンジンのような音が聞こえた。空気圧も低く補充を要した。
走り始めると前輪からザーザー音がする。しばらく乗っていないようでディスクが錆びているのだ。使っているうちに次第に小さくなった。効きは抜群ではないがまずまず。あわてたのが後輪ブレーキで鉄板を踏んでいるようにまったく効かない。あまり使われていなかったようで、この走行距離にして既に固着しかけている。
パッドピン付近をこじってパッドを揺り動かして強く踏んだら急に効き出し、多めに使うとじわりと効くようになってきた。Webmasterは後輪ブレーキを多用するのでこれが効かないバイクは恐怖に感じる。
最近交換されたオイルはまだ透明だったが量が不足していた。取説では3分エンジンをかけて3分後にオイルレベルを合わせるとあるが、長時間放置してヘッドからオイルが落ちた状態でオイルレベルに合わせるとオイル量が過小になるのだ。寝かされたヘッドにかなりのオイル量の溜まりがあり、それがゆっくり落ちてくるせいである。
固めの5W-40を補充したら音は小さくなった。フィットの部品を利用して開発されたとのことで、モリブデンコーティングされたピストンなどで低フリクションにできているが、やはり柔らかい油では作動音が耳に付く。低粘度オイルでも潤滑性は保たれるかもしれないがリングのシール性能は落ちてブローバイが増えるとWebmasterは考えている。
加速は能書き通り1速2速で強力だが、2速は6500rpm(メーター上80km/h+α)でリミッターが効き遵法には良いバイクだ。ただし騒音規制のせいで排気音が非常に小さく、もう少し低音が欲しいところだ。1次バランサーで振動は全域で抑えられているが直4に比べ鼓動は感じる。
パワーとトルク感は感覚的にも数字的にもW800に似ているが、エンジンの振動が大幅に低くフレームの剛性が高い点が異なる。全般的にハイギアードで6速は100km/hで3000rpmと低く、高速クルーズも快適だろう。
車重はあまり感じず、取り回しは400ccの直4の感覚である。デザインは流行を追ったもので可も不可もないが、エンジンの見栄えが今ひとつで細部の部品の品質が気になる。
バイクでは露出しているエンジンの見栄えが大事である。エンジンは水平近くまで寝かされ良質なグレーに塗装されているが、フレームの色と近いので目立たない。エンジンをもっと明るく、フレームをもっと濃い色に塗装すればエンジンが映えるだろう。
迂闊にもWebmasterがNC700を最初に見たときはV型2気筒だと思った。全体のプロポーションやシリンダーの感じが以前乗っていたVT250Fに似ていたからである。
しかし並列2気筒と知って、それにしては腰下が妙に前後に間延びしていてヘンだと思った。2気筒としてはオプティマイズされていない感じなのである。最近は腰下の3軸を三角形配置としてコンパクトに作るのが主流なのに、である。特にホイールベースが1525mmとCB1100の1490mmやCB1300の1510mmより長く、全長もそれらとほぼ同じと、ミドルクラスにしてはとても長いバイクなのだ。
しかしシリンダー前傾角が62度と知って、このエンジンはV型4気筒の後ろの2気筒を取り去りヘルメット用スペースとしたものということに気付いた。蛇足ながらVT250、VF400、VF750、VFR800の前シリンダーの前傾角はすべて62度で、NR500やNR750も同様である。
後ろにシリンダーを追加する余地があるとすれば腰下の形に納得が行く。クランク周りはVFR800に、ミッション付近はVFR1200Fに似ていて、VFR1200のバンク角76度を90度として後ろのシリンダーを取り去ったものに近い。V型は幅が狭い割りにエンジン前後長が長く、十分なスイングアーム長をとるとどうしてもホイールベースが長くなる。
ホンダのV型にかける思い入れは相当なもので、NRの怨念はこのエンジンにも見え隠れしている。NRは多くの技術的収穫をホンダにもたらしたが、同様にNCにも新世代へのチャレンジが込められているのだろう。
このエンジンからV型4気筒やV型2気筒が派生してもおかしくはなく、それらは燃費志向にもSS志向にもアレンジ可能であり、すべてのモデルにDCTを用意できる。このエンジンがV型の片割れとは多くのメディアは気付いていないようだ。
かのNR500は4ストV型4気筒の楕円ピストンで2ストに対抗するための意欲作ではあったがレースマシンとしては失敗だった。その後2ストのNS500を開発する一方で、NR500を縦に2分割して2気筒としたNR250ターボ(150PS)を完成したがレギュレーションが変わって実戦に投入できなかった。
ホンダは市販車でもV型シリーズを構築したがVF400もVF750も不人気で、VT250Fだけが売れて今だにVTRとして存続している。ホンダは250ccクラスながら他社の上位モデルを圧倒するVT250ターボ(59PS)を完成したが、53PSまでデチューンしても運輸省の認可が下りなかったと言う。
VT250はVF400を縦に2分割したエンジンで、NR500からNR250ターボを作ったのと同じ手法を使ったところにV型にかけるホンダの思い入れを感じる。バイク便で使われるVT250のエンジンが過剰品質なのはターボ化もにらんだ設計だったのだろう。
その後もVFR750、VFR800は白バイの需要で食い繋ぎ、国内では一旦2008年に終焉したものの2014年に復活している。VFR800Fが売れているとは聞かないが、今後もホンダはV型を鼓動感やトルク感でプッシュし続ける様子である。もしオーバー1リットルの90度V型4気筒のSSが復活したら一番喜ぶのは幅の大きなCB1300に苦労している白バイライダーかも知れない。
低価格帯ながらインパネや外装はさほどコストダウンを感じないが、エンジン側のクラッチレバー(レバーCOMPクラッチ)や変速ペダルとリンケージ、リアブレーキペダルなどのメッキ部品がサビやすい。これらの品質感はEN125にも劣るほどで、特にクラッチレバーは溶接痕も汚く興ざめである。
仕上げをよくするコストは100円もかからないだろうし、他の部分はうまく作っていあるのでコスト配分にムラがあるのだ。あるいは他のモデルを食わないのようにワザとそうしているのか?他にも右シリンダーの見栄えのよい所を無造作に電線が横切るなど細部の詰めも甘い。実用車なのにメインスタンドがオプションなのも不親切だ。
バイクは幅が狭いので取り回しも軽く中低速でトコトコとトルクを感じながらの走行は快適である。燃料を補給したところトリップの数字を信じるなら30km/L近い燃費であった。格納スペースも大きく現存の大型では市街地で最も快適なバイクである。大型二輪版プリウスとでも言うべきか。
強いトルクながら危険な速度に達する前にリミッターが働くという安全設計?が大いに気に入ったWebmasterだが、個人的に所有するならオイルは10W-40を入れたい。メインスタンドを付け、サビやすいメッキ部品にプラチナシルバーの塗装を施したい。透明なカウルはより大きな社外品に交換し、リアキャリアとボックスを装備したい。
そうすれば鬼に金棒レベルの実用大型になると思ったのである。
暑い日が続いている。最近webmasterの至近距離でレンタルバイクをやっている店があることに気付いた。料金には対人対物搭乗者保険(制限あり)とJAFサービスが含まれており、オプションで車両保険を付けることができるので試してみることにした。
今すぐ大型を買う予定は無いが、もし買うならこれかな、と。
新生Wシリーズの製品の成り立ちはかなりの手抜きで、キャブ仕様のW400とW650はボアが同じでストロークが異なり、W650とW800はストロークが同じでボアが違う。エンジンもフレームも基本は同じなので400ccからトルクが倍増した800ccの車体としては剛性が心もとない印象である。
この個体は走行は3万kmを超えたところだが最初から完調ではなかった。始動性が悪く頻繁に失火しアフターファイヤを起こしていた。またミッションからガラガラ音がしていた。係員に”さすがにカワサキですね”と話すと”最新のZRXもこんなものでホンダとは違うんですよね”と言う。
アイドリング付近では言うべきトルクは無かったが2000rpmを超えると1速と2速でトルク感は伝わってくる。低速のトルクが無いのは後述するトラブルのせいかも知れない。ちょうど3000rpm位でフレームが共振しアンマ機のような振動がある。ブレーキの効きはソフトである。ダブルクレードルフレームといっても一本のアッパーチューブと二本の距離が近く細いダウンチューブの成り立ちで剛性よりはエンジンを見せる設計だ。
ギアリングは5速の100km/hで3300rpmとちょうど一番振動が強い回転数に当たるので、30分以上の高速移動はつらいだろう。3000rpmを超えるとフレームの共振は減るが硬質な振動が伝わってくる。トルクはあるのでクルージング専用の5速が欲しいところだ。
時にエンジンが揺れると失火しアフターファイヤが起きていた。見るとインシュレーターのゴムが切れていて、エンジンが揺れたときに2次エアを吸っていた。インシュレーターが切れたのはエンジンの過大な振動のせいだろう。
またいずれの速度でもミッションからガラガラと騒音と不規則な振動が足に伝わってきてミッションの一部のおそらくベアリングが痛んでいる感じだった。これもまた800ccのトルクのせいかも知れ無い。途中で止まると困るので志賀島と二見が浦を60kmほど走ったところで早々に出戻ってきた。
トルク感は充分伝わって来るので完調なら魅力的なバイクである。車体は250シングルのように身軽だが、フレームの能力からは650ccが適切かと思われた。800ccにしたのは燃料噴射によるコストアップ分を埋め合わせるためだろう。現状ではレトロ風バイクはこれしか無いしルックスは国産ではもっとも魅力的ではある。
業者もW800の不具合を確認したので、”申し訳無い、かわりにこのバイクはいかがですか?”と出てきたのがこれである。
CB1300 SUPER BOL D'ORとはCBシリーズの頂点に立つバイクで見るからに重そうだ。Webmasterのコントロール能力を超えていると思ったが、係員は立ちコケさえ注意すれば癖が無く扱いやすい???バイクです!!と勧めるので試すことにした。走行は1万5000kmと少なくLEDヘッドランプが付いていて真新しい。
緊張して走り出すが低速でも安定している。ギアは何速であってもスパっと入るし、エンジンは全域低振動、低騒音で、煽るとオーバー1Lにしてカミソリのようなレスポンスである。フレーム剛性もあり全てがきっちりかっちりしたバイクだ。
全域でトルクがあり、6速40km/hでもスナッチなく走る。クルージングは4速、5速、6速どのギアでも騒音無くなめらかに走り安楽である一方、2速のフル加速では棹立ちになるかと思わせる程のトルクがある。大人の事情によりカタログのピーク馬力は低めだが5,500rpmで115Nmものトルクは強力である。
油山の展望台までおそるおそる転がしてみるが、慎重に走らせたつもりであっという間に着いてしまった。Webmasterの腕ではコーナリング特性は云々できないが、意外に軽く倒れこんでくれる。しかし市街地のノロノロ走行ではクラッチが重くて疲れるし、エンジンからモワーと大量の熱風が上がってきて暑い。ジキルとハイドの両面を持つ完璧なバイクだが、唯一我が国の交通事情には合っていないのだ。夏は白バイの警官も大変だろう。
帰ってきて、”あらゆる点で完璧なバイクですね”と言ったところ、係員は”本当にいいバイクなんですが優等生なところが嫌いでカワサキに走るユーザーも多いんです”と言う。
オプション満載で180万の車両だが、性能からすれば適正価格かも知れ無い。ただ完璧な性能と比べ気になったのは部品の表面処理や角部の処理、溶接部などの品質感が甘いところだ。このあたりが舐めるように角が取れて銀梨地で統一されているBMWと比べて国産車の弱いところだ。
そういう所を改善すると若干高価になるだろうが、つまらないオプションパーツに10万20万かけるよりはオーナーの満足感につながるように思う。
まるで真夏の夢かのような一日だったが、帰ってEN125に乗ってみると圧倒的な性能差、価格差に落差を感じるというよりは、これはこれで平和で良くできた実用バイクだと思ったのである。少なくともラフな操作でも振り落とされることは無い。
加速力以外の実用上の機能は何ら変わらないし、ピンクナンバーなら繁華街でも止める場所が多数ある。一方大型は駐車できる場所と数に限りがあり、繁華街に持ち込みにくいのだ。
Webmasterにはスーパーバイクより原付二種の方が分相応かも知れないと思った次第である。
EN125はやけに好調である。最近プラグを標準のCR8Eから電極が4mm突出したCPR8Eに交換した。
上死点でピストンに当たらないことはノギスを使って確認しておいた。EN125のご先祖GS125Eではピストントップが突出し圧縮比が10.5であるがEN125はピストントップがフラットであり圧縮比を9.2に落としている。おそらくアジアでの燃料品質を考慮したのだろう。
これはリード100でも使った手だが、CPR8EはCR8Eに比べ電極先端が2mm、碍子が4mm突き出していて、碍子と外側の溝も約4mm浅い(これが効く)。計算では、
124排気量/9.2圧縮比=13.478cc(上死点容積)
プラグ半径0.5cmx0.5cmx3,14x0.4cm(プラグ突出量)=0.314ml
0.314ml+碍子電極突出量0.06ml=0.374ml(容積マイナス分)
124/(13.478-0.374ml)=圧縮比9.463
小排気量ではわずかな容積変化で結構圧縮比が変化するが、リード100よりプラグ径が小さいので効果は小さくなる。印象としてはトルクアップした感じだがプラシーボかも知れ無い。
他にはブローバイ配管にワンウェイバルブを仕込んだ。いわゆる内圧調整バルブで、車用12mmmφのものをヤフオクで入手し装着した。効果はプラシーボ以上で、1速の吹き上がりが良くなり、エンジンブレーキも弱くなっている。同じ物をアドレスV125(k5)にも装着したが、同様の効果を感じている。
原理的にはケースが減圧されるので吸入過程でピストンを引き下げる効果があるのは理解できるが、逆に圧縮過程では負荷になると思っていた。しかしそうでは無いようで、個人的にはバスレフのような位相反転作用があるのでは無いかと疑っている。
さて問題点としてはリアブレーキの鳴きがあった。Webmasterはリアブレーキを多用するので周囲の耳目を集めてしまうほどの盛大な鳴きは困ったものである。走行距離は4500kmなので磨耗というよりは初期なじみの問題だろう。
作業はタイヤ脱着と同じで、両側のチェーン引きを緩め、ブレーキロッド、トルクロッド、リアアクスルを外す。予想通りブレーキシューは殆ど減っておらずダストも僅かであった。
紙ヤスリでライニングの角を削り、シュー全体とドラム内壁を一皮剥いておいた。シューのカムと始点にグリースを補給して終わりである。ついでにハブダンパーにはワセリンを塗り体積の痩せの予防をしておいた。ゴムは適度の油分が失われると痩せてもろくなるからである。
整備後は派手な鳴きはかすかになり、その後なじんで現在は消えて効きも良くなったところである。次回タイヤ交換するは国産のシューに変えたいと思う。
リアブレーキの鳴きはリーディングシューのカム側先端がドラムに接する瞬間に起こるようで、飛びかんなのような微細な焼けがドラムに形成されるので鳴き癖がつくのだ。中華製シューの角は落としてあったが効きより耐久性を重視した堅いもので、ドラム材質や表面処理との相性が悪かったのだろう。ハブダンパーの効きも良くなりギアチェンジ時のショックも減っている。
EN125はスプロケ交換とプラグ交換による圧縮比アップ、また内圧調整バルブなどの相乗効果で1速で引っ張ったときに頭打ちで詰まる印象が減って快適である。2速のピックアップのレスポンスも良くなり、特にスラロームではアクセルONが鋭く、またリアブレーキの効きがよくなり扱い易くなった。
これでEN125は125ccMTの実用バイクとしてはwebmasterが期待したレベルに達したと思っている。いじるところが減ってきたが、今後はフロントサスインナーチューブの突出量調整、インパネ電球のLED化、それによる電力低下分をH4ないしHIDやLEDなどのヘッドランプ換装にまわすことなどを計画している。
1月のプリウス5年車検時にオイルを0W-20から5W-30に交換し6ヶ月点検を迎えた。
オイルの粘度向上の影響は目覚しく、プリウスのエンジンがどんどん静かになってきた。通常は冬季から気温が上昇し、またオイルも消耗して粘度が低下するはずだが、プラシーボかも知れ無いが、イメージ的にはまるでシリンダーの傷が癒えてきたきたかのような感じがする。
そのせいで、走行中のON時とOFF時の聴覚的な差が減り、頻繁にタコメーターで確認するようになった。以前クラウンハイブリッド試乗後に感じたエンジン音の落差は若干ながら縮まった気がする。問題は燃費への影響である。
前回、新車から37994km時点までの総燃費は22.0km/Lであった。そして、
半年後での41318km(トリップは4桁表示)時点での総燃費は21.9km/Lと出た。ちなみに平均速度に差が無いので、走り方に大きな差は無いようだ。
前回から距離は3324kmと総走行距離の8%にあたるが、燃費が低下する2月、3月を含んでいる。0.1km/Lは誤差かも知れ無いし有意なのかも知れ無いが、いずれにせよ少なくとも当地のような温暖地では差は殆ど無いと言えるだろう。
しかし騒音や振動の低下は著しい。以前は50-60km/h間で加速するとインパネの一部からビビリ音が出ることがあったがそれも消えた。心配していた低速時のエンジンON-OFFのショックも事実上変わらない。
省エネオイル0W-20はエンジンの常識からすると粘度が不足しているものを有機モリブデンなどの添加剤で補っているのだが、エンジンの磨耗を防ぐ働きが充分であっても摺動で発生する音や振動を抑える作用は弱いのだろう。また吹き抜けによるブローバイも増加し、インテークの汚染につながるリスクもあると思う。
ということで、今回もオイル交換は5W-30を指定した。エンジニアは特に理由を聞くでもなく、またいぶかしがることもなかった。プリウスの取り説446ページに指定オイルとして5W-30と10W-30が含まれているからだろう。あるいはwebmasterのようなユーザーが他にもいるのかも知れ無い。
特に温暖地のユーザーで、何となくエコカーのエンジン音がガサツで耳に付くあなた。エンジンの振動が気になるあなた。0W-20よりも5W-30を入れてみてはどうだろうか?
Webmasterお気に入りのモバイルパソコンTypeG(VGN-G2、PCG-5H7N)からガラガラ音がし始めた。HDDか?いやファンモーターのようである。最近バイクばかりを手入れしていたので長年忠実に働いてきたパソコンが焼き餅を焼いたらしい。
TypeGは2006年発売だがモバイルに徹して非常にポリシーが潔い作品で、最軽量、極薄、12型液晶、カーボンファイバー筐体、光学ドライブ付きで1kg以下というスペックだ。CPUはCoreSoloU1300/1400とパフォーマンスより省電力を目指した高価な省電力版である。おそらく出張の多い$ONYの技術者が自分が欲しい製品を作ったのだろうが、製品と呼ぶよりは作品と予呼びたい品である。
webmasterが購入したVGN-G2はCore2DuoU7600になっていたが、$ONYがSoloの供給を希望したものの、インテルがこれしか無いというわけでDuoになったという。液晶は業務に徹したXGA(1024x768)とワイド物で無いことも点数が高い。単に電池寿命が長いだけでなくACアダプターまで小型であり、THINKPADを意識してか電線をまとめるマジックテープが付いている。
2007年に入手した時には液晶のあまりの薄さに心配になったものの、度重なる落下により3隅にヒビが入り1隅が欠けながら大過なく勤めを果たしてきたように見かけよりタフなパソコンである。シリアスなモバイルユーザーに人気で、3代目が2009年に発売された後もずっと供給されていた。異例に長命なモデルとなった理由はレノボになってTHINKPADユーザーが$ONY製?大丈夫?とか思いながら流れてきたからだろう。
さてファンモーターに注油だが裏のネジをすべて外し始めた時点でネット検索を思い立ったところ、こちら(ただし初代VGN-G1)の情報が見つかったので参考にさせていただいた。
1.裏の→の付いたネジをすべて外す。ネジの長さは3種類あるので写真のようにメモしておくと良い。電源スイッチ裏の一本だけわずかに長いネジがある。ネジは磁石につけておくと紛失しにくい。ツマ楊枝が分解にはいろいろ役に立つ。
2.キーボードをはずす。キーボードを手前に押しながら左右2x2箇所、奥4箇所のプラスティックのツメをはずす。キーボードのアルミ基盤は柔らかいので注意。
3.キーボードと二箇所のフレキをはずす。防水シールがあるので注意深く剥ぎ取り、コネクターをはずす。この固体の防水シールはパリパリに変質していた。筐体上半を固定しているネジ2箇所をはずす(VGN-G1は3箇所ある)。
4.筐体上面を浮かすが、その前に右奥の電源パネルをはずし、黒いWiFiアンテナのコネクターをはずすことと、タッチパッドのフレキをはずす。このフレキは非常に細いので最新の注意を払う必要がある。基盤の茶色いロックを立てるとはずれる。
5.左奥のWiFiスイッチパネル部下にファンモーターがある。アルミ基盤のネジ(二種あり)3箇所をはずし、CPUとチップセットから浮かす。残念ながら裏には注油ポイントが無いので分解しなければいけない。ファンを固定しているアルミラグを二箇はずすと3箇所目のラグも取れてくる。ファンの裏に爪楊枝を2、3本いれてファンを浮かしたところが下の写真だ。
6.真ん中の砲金にオイル(5w-30)を一滴たらせば目的は達せられる。あとはCPUとチップセットにシリコングリースを塗布し元通りに組むだけだが、今回の修理で一番気をつかったのはタッチパッドのフレキである。最初にこれを戻してからWiFiの黒線を戻した方が良い。あとはツメや液晶への配線噛み込みに注意すればOKである。
注油後はファンの音はまったくしなくなった。同時にファンやアルミフィン、筐体のゴミを掃除したことも効果があったようだ。まれではあるがハングしていたのもゴミがつまって過熱していたのかも知れ無い。
この作品は最新のパソコンより集積度が低いものの当時の$ONYが小型化技術を尽くした作品である。$ONYの得意技はデカップリングのCR類を省略するという作戦で音声にノイズが混じる製品が多いのだが、なぜかこの製品ではそういう不具合は無かった。
最後にWebmasterがこのマシンでXPを走らせている理由を書いて置く。XPはPOS端末にも依然として多く使われており、これらのサポートは2019年まで続く予定だ。XPのレジストリーに3行書き加えるだけでM$のWindowsUpdateサーバーはあなたのXPをPOS用XP(WEPOSもしくはPOSready2009)と判断しアップデートを続けてくれる。下の写真が最近到着したアップデートである。
レジストリーに書き加える文字列は
Windows Registry Editor Version 5.00 [HKEY_LOCAL_MACHINE\SYSTEM\WPA\PosReady] "Installed"=dword:00000001
でこれをテキストエディターで作成し、xp.regとか適当な名前で保存し、ダブルクリックするだけである。
この方法のオリジナルはおそらくHow to continue getting free security updates for Windows XP -- until 2019だと思う。なお64bitのXP版もあるが、いずれにせよ、M$のサーバーは意外に簡単な方法でアップデートの可否を判断していることに驚かされる。
これで2019年まではひとまず安心である。非常に有効は方法で広く知られていると思って書かなかったが、なぜか我が国ではあまり知られていないようである。おそらく日本のライターは諸般の都合により取り上げ難いのだろう。
ネット社会というのはオープンと思っていながら、囚われの身分に落ちたユーザーが多いようである。囚われたユーザーのコピペばかりが横行して、オリジナルな内容を見つけるのが難しい昨今である。
ともあれ、この方法で多くのユーザーのストレスが幾分かでも軽くなると思っている。
日増しに整備により立派になっていくリード100に比べるとアドレスV125(K5)が次第にしょぼく見えてくる。依然として11.4PSと乾燥重量85kgの取り合わせでダッシュは原付二種最速でリード100を圧倒するが、街中では車体がかなり小さく見えるし路面の悪いところでは走行に不安を感じる。実際は全長が45mm、ホイール20mm違うだけなのだが重量は重厚さのせいか乾燥重量で7kg違う。
しょぼく見える原因に一つは鉄板ホイールだろう。リードのホイールは立体的なデザインのアルミ製で車を重厚に見せる。一方V125のホイールはV100譲りの黒塗りで細部の仕上げも安っぽく粗末なもので、タイヤまでが小さく見える。次回のタイヤ交換ではややサイズの大きい3.5-10を履かせ、ホイールもシルバーで厚めに塗りたいと思っている。
細部をどう塗るか思案して前輪を蹴ってみたが回転が渋い。どうもディスクブレーキのピストンの戻りが悪く引きずっているようで、整備する必要がある。ピストンシールの不具合で無ければよいが。
実は先日ブレーキフルイドの交換とエア抜きはやっていた。これによりブレーキの効きは良くなっていたが、引きずりには効かなかった。やっぱり分解整備しないとダメなのだろう。
さてV125初期型のキャリパーはV100後期型と同じで(ディスクローターも同じ)、
と交換要領も同じだ。ただしパッドピンがV100の時はクロムメッキ加工されており磨くと光ったが、今回はクロメートなのか黄色く鈍い色のままである。このほうが錆びにくく最終的には長持ちするという判断なのだろう。ピストン周囲はデポジットがうず高く蓄積していたので除去し黄色のコーティングが光るまで清掃した。幸いピストンシール類は痛んでいないようである。
パッドは厚みが3.5mm以上残っていたので今回は交換しなかったが、やはり周囲に堅いデポジットが溜まっていた。キャリパーのシムが入っている凹みにも大量のデポジットがあった。これらによりピストンの戻りが悪く引きずっていたのだろう。整備後は前輪は軽く回るようになり上々である。
思えばこの車はかなりの時間雨ざらしだったので、蓄積したパッドの粉が錆びて堅いデポジットになったのだろう。パッドの残量があるので油断していたが、ブレーキは定期的に分解掃除が必要のようである。整備するだけでタッチが良くなるものだ。
V125は先日インテークやソレノイドを掃除しエアクリーナも交換してエンジンは絶好調だが、ブレーキは入手して一度も整備していなかった。走行距離は現在約18000kmなので、そろそろ駆動系も手入れの時期である。部品類は既に入手しているので、近く交換したいと思っている。
V125とリード100の用途だが、街中はコンパクトでダッシュが良いV125が圧倒的に使い良いし駐車スペースは原付一種と変わらない。しかし距離が長くなると乗り心地の良く安定しているリード100の方が快適で2ポッドのブレーキの効きも良い。また2ストの不規則なアイドリング音や特徴的な加速音とオイルのにおい(触媒のため微かだが)は遠い昔を思い出させる。
さらに長距離になるとEN125の出番である。非力なので頻繁にギアチェンジする必要があるが、それはそれでパワーを出し切って走るのは楽しい。当面はそういう使い分けで距離を刻んでいきたいと思っている。
さてリストア第三段である。これで新車時に近いパフォーマンスまで復帰したと思われる。
プーリー交換
懸案のプーリだが、純正品が入手できた。さっそくカバーをはずしプーリーを分解してみるが、リテーナーの姿が見えない。おそらく短期間の走行でも破損し粉々になったのだろう。
今回はランププレートの角とプーリの突起を紙ヤスリで滑らかに磨いた。またリテーナーをランププレートにボンドで接着し、ウェイトやリテーナーの接する面にごく薄にモリブデングリースを塗った。多く塗っても飛散するだけだからだ。
プーリーとベルトの交換で最高速はメーター読みでよえ+αkm/hに向上した。ベルトが新品となったことでハイギヤードとなり出だしの加速こそ穏やかになってアドレスV100に負けるが、最高速はやや上まわり、しかも走行は遥かに安定している。
ギアオイル交換
排出されたのは得体の知れ無い緑色の液体だった。あるいは新車以来初めての交換だったのかも知れ無い。
リアブレーキシュー交換
速度が出るようになると後ろのブレーキが気になる。交換にはまずマフラーをはずす必要がある。排気ポートのネジは油まみれのせいか簡単に緩んだ。問題はリアタイヤだ。規定トルクは100Nmだが、おそらくアホな販売店は何も考えずにリアアクスルをインパクトで締めているだろう。ホイールが外れない可能性もあるので前日より数回5-56を吹いておいた。
まずリアブレーキの調節ネジをリアブレーキが握れないほど堅く締めこんでおく。体重をかけて後輪を地面に付けて数回、やっとのことで緩めることができた。ホイールもリアアクスルと固着していたが5-56を吹いて10分待つ事で緩んで外すことができた。
シューは残り1.5mm残であった。シューはあらかじめ組にしてスプリングをかけておいて嵌めるほうが簡単である。ブレーキのカムやシューの支点だけでなくベアリングやアクスルのスプラインにもグリースを補給しておく。ホイールやマフラーを戻す前にマフラーにもざっと耐熱塗装を吹いておいた。
その他
外装はタミヤのプラカラー(ダークシルバー)でタッチアップした。塗った直後は色違いかと思うほど濃くみえたが乾くとちょうど良い色合いになった。スピードメーター、リアブレーキ、アクセルのケーブルに注油した。
メーター照明とハイビームインジケーターの1.7W電球はLEDに交換した。ポジションランプ廃止と合わせて15W余裕ができた。交流系のピーク電圧はレギュレーターで制御されているがアイドリングや低速でヘッドライトは格段に明るくなった。またシガーライターソケットをフロントトランク内に装備した。これでスマホやナビも接続可能である。
外装は脱落していたネジを補い、ガタついていたフロントフェンダーは固定部は脱落していたゴムを補った。ライトカウルも脱落していたポッチを修復しガタつかなくなった。これで走行しても外装から異音は出なくなった。エアクリーナーをチェックしたがエレメントは意外にも新しかったので清掃だけで済ませた。
これでリストアはほぼ終了だが、気になるのはホンダに多いオイルポンプからの漏れである。オイルポンプシールは手当てしてあるがオイル消費量は多くないので様子を見ることにする。この個体ではオイルタンクレベルインジケーターからの漏れは無く、このあたりは過去に修理されているのかも知れない。
速度が出るようになると、フロントショックのオイル交換やリアショックの交換も必要のように思えてきた。これはタイミングを見計らっているところだ。
個人的には2ストのオイルはCCIS(スーパー、つまり安い方)と決めていて変えたことが無い。過去所有した2スト車はどれもオイルポンプを引き気味にすることと車両メーカーに関わらず全てCCISオイルを使っていて、一度も焼き付きの経験がないからである。
エンジンは49000kmと多走行であるものの最高速も出ていて騒音もない。ホンダ車の弱点のベアリングが痛んでいない理由は、純正のプーリー、ベルト、ウェイトを使っているせいだろう。ベルトの張力が過大だとベアリングに負荷がかかるからである。またサービスキャンペーンで多くの部品が新品と交換されている事も長生きに効いているのかも知れない。
エンジンを長く持たせるには駆動系からの無理をかけないことが大事である。またオイルポンプを引き気味とし、長距離で高速走行する場合にはガソリンに1/100ほど2ストオイルを加えている。また時々は郊外で速度を上げて走行距離を伸ばしてマフラーにたまった油を焼き切る必要がある。この個体も志賀島ツーリングに連れ出したところ帰りの信号停止中にマフラーから白煙が多めに出た後に2ストらしい乾いた音になった。
すでにホンダにはリード100のシリンダーやピストンの補修部品が無いと言う。必要があれば社外品でボアアップすればいいのだが、この個体に関する限りエンジンは10万km持つ気がする。ベルトは2万km持つが貧弱なスライダーは2万km持たない雰囲気なので、駆動系は1万5千km毎に交換するのが良いようだ。
リストアも済んだことで、このリード100はwebmasterの生涯最後の2スト車として譲り受けることになったのである。
過日リストア第二段をユーザーへの教育を兼ねて行った。状態はほぼ想定通りであったが、課題が一つ残ったことは後述したい。
タイヤ交換
磨耗したタイヤはダンロップD306で、新タイヤはNBSのMCtire(100/90-18、\1720+送料\630)である。ネットの評判はグリップも寿命も標準的なのだそうだ。バイク用の怪しい台湾タイヤは初めての経験なのでワクワクである。まずディスクローターをはずし、写真のようなクランプでビートを落としている。クランプは後の作業で必要となるブレーキピストン戻しにも使えるのでお勧めである。
ビードワックスの代わりにCRC5-56を使っている。前日にタイヤとホイールの隙間に5-56を吹いておくとビードが軟化して落ちやすいようである。タイヤにはパラフィンや油分が多く含まれており、これが蒸発することと架橋化や紫外線、オゾンによる酸化でタイヤが硬化する。タイヤ表面の白いブルームはそれらが析出したものでタイヤ保護のためには拭き取らないほうが良いとされている。タイヤは洗ったりタイヤワックスを塗るほど老化する。
ディスクブローター面のビードをはずしてタイヤを立て、残りの面のビードはホイール側からビードの下にタイヤバーを入れて180度回して剥き取るようにしているが、2002年の古タイヤはビード付近が硬化していて落ちにくかった。一方新しいタイヤは柔らかく写真取る間もなく組めてしまった。ホイールのサビが目立つので清掃して銀色に塗った。
タイヤの製造日時は今年の3月とのことで、結構回転している(売れている)ようである。まだ一皮剥けていないが、真円度もグリップもまずまずである。ただし軽点(黄色マーク)が探しても見つから無いのはアジアン製のためか?
ブレーキパッド交換
ブレーキパッドはカスタマーレビューが良いバイクパーツセンターの#6207(送料共\1,083)にした。安いが効きはまずまずのようだ。古いパッドはNISSINとあり純正品のようで残りわずか1mmというところであった。ディスクは3,5mm厚で使用限度まであと5mmある。
プーリー整備
プーリーとクラッチのネジはどちらも堅く締まっていた。プーリーはインパクトを持ち出そうかと思ったが5-56をかけて昼食を食っている間に緩くなったようで、およそ100Nm以上のトルクを加えてやっと緩んだ。マニュアルではドライブ側がネ径が12mmで54Nm、ドリブン側がネジ径10mmで39Nmなのだがおそらくインパクトで締めたのだろう。タイヤのボルトもそうだが、きちんととトルク管理をするのがプロというものだろう。
純正ローラと社外品スライダー(アルバ送料共¥432 純正品番22132-GN3-000) を用意して開けたところ、スライダーが無くなってランププレートが直接プーリーを削っていた。一方ローラーは純正新品と比べても全く磨耗していないが念のために交換した。ネットで見るとホンダ車の多くはスライダーが壊れてプーリーを削るようで、スライダーが他社に比べちゃちで小さく薄いこと、ランププレートやプーリのスライダーに当たる表面の仕上げが悪いのが原因だろう。
とりあえずスライダーを付けて収めたが早晩交換が必要だ。ネットで調べるとまだ純正品(フェイスCOMP ムーバブルドライブ 2110KFH000 )が入手可能なので注文しておいたが、既にピストンやシリンダーは廃番になっていると言う。
クラッチ整備
クラッチの表面は残2mmというところで、あと1万キロ以上持ちそうだが交換した。今回はネットで純正ドライブベルト(23100-KFH-003)+純正ローラー(22123-KFH-306)+純正クラッチシュー(22535-KBN-306)のセットを入手した。
クラッチを付け換え、トルクカムを清掃、グリースを補給して組上げた。軸には飛び散らない程度にグリースを薄く塗った。 クラッチスプリングを嵌めるのに苦労したので次回はスプリングフックを用意しておきたい。なおクラッチフェースやドリブンプーリーには油がつかないように注意し、パーツクリーナで脱脂しておくことが大事だ。
最後にベルトをかけてケース収める。最初にクラッチの固定ナットを39Nmで締めこむ。次にベルトを絞ってドリブンフェースのなるべく内側に寄せておいてプーリー側に余裕を持たせて軽く締める。次にプーリーフェースのナットを締めながら絶えずプーリーを回転させ、ベルトが外側に寄り余裕がある状態でスプラインが見えるまでフェースを奥に確実に送り込んでから54Nmで締めこむ。
一度エンジンをかけて加速させてベルトの動きを見た後、再度トルク管理で締めこむ。ベルトがフェース間に挟まったままで奥まで締め込まれていないと緩んで一発でクランクを舐めてしまう。なおプーリーをセットする前にハウジング側からクランクベアリングにオイルをさした。シール付きでもオイルはベアリングに吸い込まれるものである。
セルモーター整備
ネット情報ではセルモーターのカーボンブラシはリード110と同じだそうでブラシ(純正品\1400 31213-GFM-B20)とスプリング(純正品\50x2 31204-KG8-004)を手当てした。モーターを分解しカーボンブラシをはずすとブラシは完全に寿命であった。
コミューターを清掃し、カーボンブラシをネジ止めして組み立てる。この際に新しいカーボンブラシがスプリングで飛び出してしまうので回転子を嵌めにくい。しかしコツがある。ブラシの撚り線を使うのだ。
まずカーボンブラシの撚り線をブラシケース周囲の凹みに押し込んでブラシ先端をベアリング外径よりわずかに外側で落ち着かせて置く。次に回転子を組むとコミューターの端に当たるので、回転子を左右にわずかに傾けて、ドライバーの先端でブラシを片方ずつ外側に寄せてコミューターを押し込む。うまくセットされたら撚り線を浮かして置く。
最後にケース先端と回転子先端にグリースを塗り、回転子がマグネットに引き込まれてコミューター部がズレないように軸をペンチで保持しながらケースに収める。
さて試運転である。メーター読みながら最高速はゆえkmを超えたのでエンジンは新品に近いパワーが出ているようだ。
ヘッドランプ交換
Low側が切れていたので、PH11電球(PFC SHOP 送料共\1100)を付けた。最初の1時間ほどは点灯していたが最初にLowが点かなくなり、さらに30分ほどしてHighも点かなくなった。バルブを見ると白く濁り変形していた。
可能性は初期不良かバルブガラスの汚染であろう。バルブには触れないように注意して装着していたが工場で油が付いていたのかも知れない。¥1100は決して高価ではないが、\3000出すとHIDやLEDが買える時代である。次の電球はアルコールで清掃してから装着することとする。
プラグ交換
標準のBR6HSA-9(\450)を交換してみた。元のプラグはかなり焼け気味だが電極は磨耗していなかった。興味あることに、古いプラグは新しい同番号のプラグより碍子が短いなど形が異なる。手元には碍子が突出したアドレスV100用のBPR7HSがあるので試して見たいと思っている。
BPR7HSは電極が2mm、碍子が4mm突き出していて、碍子と外側の溝も4mm浅い(これが結構効く)。計算上上死点での体積が15.38mlから0.6ml程度減り、数字にして0.25ほど圧縮比を上げる効果がある。また発火点が中心に近づくことで擬似的に点火時期が早める効果もある。
2ストではクランクケースによる過給が効き実質の圧縮比は9以上になるのでさらに効果的だ。プラグの僅かな体積差は排気量が小さいほど効果的で、かつてライブディオでP番のプラグに変えたときは最高速度が変化するほどの効果があった。ただしリードは排気対策のため混合気が薄いし標準のBR6HSA-9がかなり焼け気味だったので、熱価は7番で良いと思われる。
リード100の将来
今のところ総部品代は約\15500というところで、後はドライブプーリー(\5000円前後)を交換するのみである。さらにギアオイルと前サスオイル、オイルポンプシール、リアサスなどを交換すれば万全だろう。キャブ車なので今後のメンテもあまり難しくは無いと思う。オイルシールは手当てしてあるがオイル消費量を見てから交換する予定だ。
前スレで煙や匂いが殆ど無いと書いたが、始動後のみ僅かに懐かしいオイルの匂いがする。また2ストの中速域のトルクフルな加速も魅力がある。プーリが入手できたらこの個体を譲り受けたくなってきたWebmasterである。
同クラスには大量に売れたアドレスV100がありWebmasterも乗っていた。しかしV100は車体が小さ過ぎ、また前トレーリングサスやフレーム、リアハンガーの剛性が低く、とても高速度やコーナリングを楽しめる車では無かった。
一方リード100は大柄で低速から高速まで安定しており、コーナリングにも余裕がある。問題はリード100があまり売れた車ではなく、多く見かけるV100より純正や社外パーツの供給が怪しいることだ。
リード100の後継は2003年発売の4ストのスペイシー100(中国五羊本田製)で、それは併売されていたスペイシー125ともども2008年発売のリード110に変わり、2012年にリードEXと名前を変更、2013年にはホンダベトナム製のリード125に更新されている。
この間のホンダ125ccスクーターモデルの混迷は、小さく軽く早く安くて爆発的に売れたアドレスVシリーズの影響かも知れ無い。リード100の部品供給が潤沢で無いのは、ホンダが2スト車を歴史の彼方に送りたいのか、あるいはこのクラスがアジアで製作されるようになって国内の在庫が潤沢で無いのかも知れ無い。税制がかわって旧型の金型にも課税されることになって廃棄されたことも関係しているようだ。
従ってあと10年安心して維持するには駆動系を定期的に点検し(特にスライダー)、パーツ取りとして中古の前サスとエンジンを確保する必要があるようだ。
やっと調子を取り戻したアドレスV125(k5)だが、最近はハイオクを入れている。K5にハイオクだと明らかにトルク感が違い、まだこんなに力が残っていたかと驚くほどである。そんな話をした友人から多走行で調子の悪いlead100が持ち込まれた。
1998年発売のリード100は長い歴史を持ち未だ続いているリードシリーズの3代目で、ホンダで最後に発売され2ストスクーターで2003年まで販売されていた(全ての2ストバイクの販売終了はジャイロが2008年だが)。大げさに言えばホンダ2スト車の集大成となるバイクで、マフラーに排気対策の触媒が仕込まれている。
一般に2ストは排気が汚いと思われていて炭化水素は4ストの数倍発生するが、逆にNOXは少ない。技術的に炭化水素は燃やせば良いが、NOXは厳密な混合比を要する三元触媒が必要になる。このバイクは炭化水素を触媒で燃やすことで99年10月の二輪車排出ガス規制に合格しているのだ。なおマフラーは98年10月の二輪車騒音規制にも合格していると言う。
先代のリード50/90はDioシリーズより大型で高級なスクーターとしてかなり売れた車種で、今でも時々見かける。一方、リード100は影が薄くwebmasterはその存在すら忘れていた。おそらく当時はスズキの通勤快速アドレスV100が猛威を振るっていたからだろう。アドレスV100はwebmasterも所有していて、
□アドレスV100のレゾンデートルのナゾ
にも登場する。ホンダの2スト車としては1977年発売のロードパルが有名でwebmasterも所有していた。2.2PSエンジンのオイルポンプの供給設定はかなり多めで大量の煙を発生していた。当時のホンダは焼き付きが怖くオイルを絞る自信が無かったのだと思う。
その後ホンダはMVXの大失敗を経て2ストの経験を深め、45PSを超えるNSR250R、7.2PSのライブディオなどで2スト技術を熟成させた。しかし排気対策を施したリード100以後は2スト車はホンダからは出現していない。
実はホンダやスズキ、トヨタなどは2ストでも現状の排気規制を乗り切る技術的な目算が立っていたが、燃費や今後さらに厳しくなる排気対策を見越して手を引いたのである。たとえばトヨタのエスティマには当初2ストのS2-XVエンジン(バルブ付き6気筒250馬力50kgm)を搭載予定だった。
リード100はライブディオの横型エンジンを100ccに拡大し、大柄なリードの車体に載せ、触媒を加えて排気対策に合格したものである。Webmasterは
□:September 21:センチメンタルツーリングのナゾ(原付2種その1)
□Nov. 16:センチメンタルツーリングのナゾ(原付2種68cc・その2)
で、ライブディオのタイヤ、サス、ベアリング、プーリー、クラッチ、ベルト、キャブからボアアップなどに手を入れたことがある。リードも何とかなるのではないか。
さて目の前にやってきたリード100の外装は49000km走行の割りにやれていなかった。通常原付2種はより大きなバイクを所有するライダーが通勤に使うことが多く、随所にカスタマイズが加えられているのが普通だが、このリード100はエアクリーナーからマフラーまで、また駆動系の部品も全てが純正品なのだ。
基本的にエンジンのかかりは良くベアリング音もしないが、セルモーターから”キー”と甲高い音が出る。またキックペダルの戻りも悪い。電装はヘッドライトはHiは点灯するがLowが不点灯、ウィンカー不動、ストップランプ不動、ホーン不動、尾灯は点灯しているがブレーキ灯は不点灯。メーター灯は直流動作で2つの内一つが不点灯である。
タイヤは前が片減りしているが後は古いもののバリ山。速度は70kmほど出る状態でマフラーも詰まっていない。加速も予想を裏切りアドレスV100に近いレベルにあり、トルクカムの効き目はリードの方が良い。
驚くべきことに排気煙は皆無でオイル臭も殆どしない。ただしマフラーは触媒付近のみが錆びており高温になるようだ。2ストで触媒付きなどまともに走らないと思われがちだが、意外に実用性は高いようだ。あの石橋をたたいて渡らないトヨタまでが2ストのエスティマの発売を画策していた理由がわかったような気がする。
前ブレーキはパッドが減っているが効きは良く、後ブレーキも減っているが効く。ホンダ独自のコンビブレーキである。
駆動系はOKで、電装はヘッドライトの尾灯の交流ラインは生きているらしい。とすると12Vがキーから出たところで切れているのではないかと予想していた。
さっそくカウル類を開けてみると、ウインカーリレーの配線が振動によるものかはずれていた。接続するとウィンカーが動作し始めた。鳴らないと思われていたホーンも動作した。とすれば問題はブレーキ灯だ。
尾灯のレンズをはずしてみると電球は妙に明るい。これは交流系の常時点灯ではなくてストップランプが点きっぱなしなのでは無いか?
そこで左右のストップランプスイッチの配線をはずすと尾灯は消え交流系のみの点灯となった。ストップランプのスイッチがレバーのガタが増えたこととスイッチの先端の磨耗で常時ONとなったようだ。
これは左右のレバーのスイッチの先端が当たる部分に薄いゴムを接着することでOKとなった。ヘッドライトはLowのフィラメントが切れていた。ウインカーはダブルフィラメント(10w/5W)のうち5Wがポジションとして交流で常時点灯する。しかし左右計10Wのポジションランプはエンジンの負荷となるのででカットした。メーター灯は手持ちのLED電球を入れた。
電装系が30分以内に解決して拍子抜けである。あとは異音が出るセルモーターとキックペダルの問題が残っている。ベルトケースを開けると、キックペダルのギア類には油気がなくさび付いていた。パーツクリーナーで掃除してグリスを給油した。
セルモーターを取り外して見ると、回転子のギア端はベアリングがあるものの、先端は砲金軸受けでグリースが切れていた。これらに給脂するとセルは音も無く快調に回り始めた。ただしカーボンブラシは寿命が近く、近く交換の必要があるだろう。ドライブベルトの幅は17.5mmとそろそろ交換時期だ。クラッチの磨耗は確認できてないが、これもそろそろ寿命になる頃だろう。
というわけで、給脂とゴムの板2枚+接着剤でリードは市中走行できる状態となった。費用はこの時点では手持ちのLED電球を除けば0円である。
今後交換が必要な部品はヘッドライト、セルモーターのカーボンブラシ、ドライブベルト、ウェイトローラー、スライダー、クラッチ、ブレーキパッド、ブレーキシューと前タイヤである。さらにキャリパー清掃、フルイド交換とエア抜き、トルクカム給脂、ギアボックス潤滑油交換、前後ホイールベアリングの給脂にフロントサスオイルの交換を行えば完璧だろう。
多走行車なのでシリンダーとベアリングの寿命を稼ぐためにオイルポンプのワイヤーを引き気味にセットした。個人的には2スト車のオイルポンプは多めに設定し遠出にはガソリンに1/100ぐらいの割合でオイルを混ぜている。オイルは性能とコスパ的にはCCISが良く、50mlのプラスティック容器に取り分けて積んでおくと給油時の追加に便利である。マフラーが詰まり気味の時は直線が数キロ続く志賀島まで往復すれば焼き切ることができる。
なお、リード100は2002年にサービスキャンペーンがあった。ディーラーに問い合わせるとこの個体はキャンペーンの整備を受けた記録があったとのこと。これでエアクリーナーASSYやホットエアダクト、さらにはキャブレターASSY、イグニッションコイル、クラッチASSY、エンジンカバー、ウェイトローラーなどが交換されていた。おそらくドライブベルトも同時に有料交換されたと思われる。
とすると、1999年に製造され、走行20000kmあたりの時点でキャンペーンで部品が交換されて現在に至っているとすれば程度が良いことと話が合う。驚くのはエンジンのタフさである。2ストエンジンでは時に駆動側のベアリング不良が起きるが、原因はオイル注入量が過小、あるいはドライブベルトの荷重過大であろう。
webmasterが大学生のころ乗っていた2ストのミニトレは6年65000kmで廃車となったが車体はガタガタながらエンジンパワーは衰えていなかった。また過去には郵政や警察、新聞配達などで2スト車は多用されていたが、メンテさえ良ければ10万キロは走ったと言う。
社外品のプーリー、強化ベルト、強化クラッチなどではベルトの負荷が高くなりベアリングに過大な荷重がかかって寿命を縮めている可能性がある。この個体のように純正部品だけ使用すれば長持ちするようである。
ということで、この時点で純正品を使って駆動系に手を入れればあと25000kmは走行可能であろう。パーツ代はクラッチが若干高いが他の部品はどれも安いものばかりだ。
整備したらどうなったかについてはそのうちに報告したいと思う。
EN125の始動と比べるとアドレスV125(k5)の始動は今ひとつである。冷関でもセルではすぐ始動するもののキックでは数回キックを要する。EN125はキャブだがチョークもなしにセル一発なのに、V125は燃料噴射ながらセルでも2、3回転目から火が入る印象だ。なぜだろう
まずV125G(k5)のFIメカニズムだが、出所不明のk7の回路図、
によると、エンジン制御モジュールECMには燃料噴射制御だけでなく点火装置が含まれている。まずエンジンに入力するセンサー類は
吸気温センサー
スロットルポジションセンサー
エンジン温センサー
吸気圧センサー
フューエルカットセンサー
点火用クランク角センサー
吸入空気量は吸気圧センサーで計測されるようで、史上最初の電子式燃料噴射(アナログ制御)のボッシュDジェトロニックの系統だが、演算はもちろんデジタル化されている。クランク角センサーは点火タイミングだけでなく燃料噴射の制御にも使われる。フューエルカットセンサーは転倒時にエンジンを停止させるものだ。温度センサー類は吸入圧とエンジン回転数による基本的なマップを補正するる。
ECMが駆動するのは
ディスチャージポンプ
アイドルエアコントロールソレノイドバルブ
である。ディスチャージポンプは燃圧をかけるポンプと噴射ノズルが一体化したものだ。アイドルエアコントロールソレノイドバルブはアイドル時にスロットルをバイパスするエア量を制御することでアイドル回転数を制御する。V125では距離を走るとアイドル不調の原因の部品とされる。
初期のアイドルエアコントロールバルブは、たとえば機械式燃料噴射Kジェトロニックでは通電量によってバイメタルが反ってアイドル量をコントロールしていた。最近はステップモーター制御が増えているが、V125のように全開と全閉しかないソレノイドをデューティー比でコントロールしているもののある。
燃料噴射エンジンではアイドルエアコントロールバルブの不調は定番であり鬼門でもある。ブローバイや吹き返しが多い必ずと詰まる。カーボンが多いトヨタや三菱の初期の直噴エンジンでも定番の故障部位であった。 我が家にあったメルセデス190Eはブローバイが多くアイドル系統が詰まりアイドルが下がる傾向があった。キャブクリーナでアイドル系統を吹くと回復していた。オイルを10W-50とすることでブローバイは劇的に減少し詰まらなくなった。これはピストンが磨耗していたのではなく、そもそもアウトバーンを高速巡航するためにクリアランスが大きく堅いオイルを使う設定だったのだろう。
V125はベルト駆動で湿式のクラッチや変速機が無いので、指定の5W-40の代わりに5W-30を使っても支障が無いように思えるが、ブローバイが増えてアイドル系統を詰まらせることもあるだろう。最近エコカーに使われている0W-20は潤滑性は有機モリブデンで対策されているがブローバイはどうしても増える。
今回はジャンクのインテーク一式を先に入手したが、そのソレノイドは半開きの状態で固着していた。おそらくこのインテークが付いていたエンジンはアイドル不安定で廃車になったのだろう。
ソレノイドは非通電時はプランジャーがスプリングで飛び出して先端がアイドル経路を閉鎖する。通電すると電磁石が働いてプランジャーを引き込むことでアイドル経路が開く仕掛けになっている。
問題は、ブローバイのカーボン粒子がプランジャーのピストンの中に入り込み、固着したりストローク量が少なくなることだ。プランジャーの周囲は鉄板の円筒でできており、その先端がカシメによってプランジャーが飛び出さないようになっているが、カシメ部が腐食してプランジャーの動きが悪くなっていた。
これにCRC5-56をかけてプランジャーを動かすと固着が取れ、内部からカーボン粉がでてきた。さらにカーボンが出なくなるまで5-56をスプレーしてはストロークしティッシュに吸い取る作業を繰り返すうちにストロークが次第に大きくなった。
巷では、このスプリングがヘタるといわれているが、実際はそうでなくカーボンが詰まり、またプランジャー周囲の金属の腐食によって動きが渋くなるのであって、20回ほど5-56でカーボンを洗い流すと軽やかにフルストロークするようになる。
そもそもがプランジャーの摺動部分にシールが無く、カーボンが入り込む設計が問題である。おそらくソレノイドの部品代と工賃を恐れて、アイドリング不調のV125の多くは廃車になるのだろう。もったいない話だ。カーボン付着はブローバイによって起こるので、ブローバイを減らすために5W-40あたりの固めのオイルを使うことが重要である。
実車のソレノイドは固着していていなかったが、動きが渋くカーボン蓄積でストロークが減少していた。そこで整備したソレノイドと交換した。
今回の修理のもう一つの目的は、インテークとシリンダーをつなぐインシュターの点検である。V125ではインシュレーターの割れがネットで多く報告されている。
インテークは板状のインシュレータを介してシリンダーに固定され、インテークのもう一端はゴムを介してエアクリーナーケースで支持されている。エアクリーナーを廃してパワーフィルターなどを使うとインテークは片持ちとなり、応力でインシュれーターが破損しやすくなる。もっとも純正部品のままの車両でも長期的には破損が増えるようだ。
今回は破損は無かったが、V125がキックによる始動があまり良くない原因は他に理由があるように思えてきた。カムシャフトに仕込まれたデコンプ機構もその一つであろう。
V125のK5は11.4PSの馬力を搾り出すために圧縮比が9.6と高めなので、スズキは老婆心からかデコンプを仕込んだようだ。
デコンプには鎌状の錘があり、カムの回転数が上がると遠心力で鎌が外側に動き、鎌を支持する軸が回転する。静止時は軸の先端がカムの一部に突出することで圧縮を逃がしているが、遠心力が働くとそれが引っ込んで圧縮がかかるようになっている。
デコンプの動作を止めるにはカムがある程度の速度で回転する必要がある。要するにセルモーターでの始動を念頭に置いた設計なのだ。温関時にはオイルの抵抗が減りキックが軽くなるので回転が速くなり始動しやすい。
冷関時にはガソリンの噴射量は増量されているが、オイルが冷えて抵抗があるので回転が遅くデコンプが解除されないので始動し難いのだ。
単気筒の大排気量バイクにはデコンプが着いている製品が多い。たとえばヤマハSRでは圧縮上死点を示す装置があり、デコンプレバーを握りキックで印が出るまでクランクを送り、そこでデコンプレバーを離してキックする。
しかしデコンプを使うと最初のサイクルでは着火しない。あくまでも火が着くのは次のサイクルなので、キックを最後まで勢い良く踏み抜かないと始動しない。これを嫌ってデコンプを使わずに始動するユーザーも多い。
デコンプはデコンプでしょせんデコンプに過ぎない。勢いを付けて次のサイクルで点火するのを期待する装置に過ぎないのである。現状ではセルによる始動は良好であり、キックも数発でかかるので、様子をみることとした。
P,S,
キックでも簡単にエンジンを始動させるコツがあることが解った。まずアクセルをいっぱいに開けたまま2回キックする。次にアクセルを戻してキックすると一発でかかる。最初の2回のキック時にスロットルが開いているとエンジンが回転しやすくエアと燃料をより多くシリンダーに送り込めるので、次のキックで一発でかかるのだ。試して欲しい。
最近Webmasterは日帰り温泉に凝っている。そこでお気に入りの温泉を紹介したい。
webmasterは小さいころから阿蘇や久住、別府の温泉に多く入っていたので、温泉とは色が付いていて濁っていて、周囲には硫黄臭がただようものと思っていたので、何となく色や臭いがないと温泉という感じがしないのだ。
福岡も大都市なのに市内に多くの日帰り温泉がある。今回は、いかにも温泉らしい硫黄臭の有無や濁りと色、交通の便利、風光明媚、眺望などを加味し、webmasterのお気に入りを紹介したい。
暫定1位 志賀島金印の湯
福岡湾の入り口の志賀島北端の休暇村志賀島内にある。夏は海水浴で賑わうが、Webmasterは遠く沖まで泳いで行って溺れかけた経験がある。一部に離岸流があり(平行な波が無い所))、腕に自信のある人間ほどはまりやすい。
さて、泉質は強ナトリウム+強カルシウムの弱アルカリで、舐める(飲むなとあるが)と塩分だけでなく苦みもある。僅かに褐色を帯びていて硫黄臭も感じる。陰イオンは強い塩酸と硫酸に微炭酸が混じり鉄分も感じる。露天は加温のみ、内湯は循環だが、成分総計が27.63gにも及ぶのでありがたみは強い。
眺望は露天風呂から海水浴場と玄界灘を見渡せて点数は高い。サウナが無いのは残念だが、近場の割に泉質、色調、臭いが複雑で得点が高い。ツーリングしても景色が最高で、途中の長い直線区間はくすぶったプラグや詰まりかけたマフラーを焼き切るのに最適だが白バイも多いので先頭は走らない方が良い。
帰りは中西食堂の海鮮丼がスタンダードだが、込み合うので11時には並んだほうが良い。飛び抜けて旨いとは思わないが、一度は食っておくべきだろう。志賀島には山中にも展望台もあり楽しめるところだ。
近場のツーリングで速度も出せるし(白バイに注意)海水浴シーズン以外は渋滞もなく、温泉にはいって泉質も眺望も良く海鮮料理も楽しめると、つくづく福岡に住んでいる喜びを感じている。
暫定2位 富士の苑
市内からも近いところで、有名な博多温泉元湯の川向かいで泉質は似ている。元湯は小さなところで混んでいたり営業時間に制限があるので、駐車場もあるこちらをお勧めする。
泉質はカルシウム・ナトリウム−塩化物泉とのことだが味は複雑でわずかに硫黄臭がある。源泉の温度が45度とのことで、今や珍しい湯量たっぷりの源泉かけながし、無加水、無加温の贅沢である。成分総計も3.097gありありがたみは十分感じられる
安価(1時間料金あり)な代わりに設備やサービスはミニマルで高級な温泉ではない。銭湯+αと思った方がよい。
常連客が多く、敷地内のゴルフ練習場の汗を流しに入る客も多い。サウナは無いが、湯音の高い源泉室で入浴し上がって腰掛けているとサウナと同様な効果もある。食事はホテル屋上の展望室でとれるが眺望がすばらしい。都心から近くに火山も無いのに硫黄臭が楽しめる温泉だ。
この二つの温泉はJR二日市駅からほど近くに向かいあう二軒だが、泉質がかなり違う。まず博多湯は福岡最古の温泉で、浴室に入った瞬間に強い硫黄臭を感じる。お湯は源泉掛け流しの弱アルカリ単純泉だが組成が複雑で僅かに褐色を帯びて実に温泉らしい。 成分合計は0.61g と低いが掛け流しで炭酸イオンも硫黄臭もありがたく感じられる。
問題は浴槽が一つしかないことと、サウナが無いこと、上がってくつろげる場所が少ないことである。
筋向かいの御前湯は至近距離でアルカリ性単純温泉なのに硫黄臭が殆どしない一方、アルカリ度は高くぬるぬるする。成分総量は0.65gである。こちらは典型的な市営の銭湯で雰囲気も違う。こちらも当然ながらサウナは無い。
この二つはセットで楽しむべきだろう。近くには太宰府や九州国立博物館などのスポットが多数ありツーリングにも向いている。近くに市営駐車場もあり、日曜休日も午前中であれば空いている。
暫定4位 筑紫野 天拝の郷
上記の二日市に近い山の上にある温泉で、泉質は硫黄臭は無いものの複雑な組成を持つ湯で成分総計0.45gながら茶褐色に濁っている。低張性中性温泉だそうだが循環ながら色調からいかにも温泉という満足感は強い。
ここの良い点は眺望であり、露天風呂から二日市太宰府方面が一望に見渡せる。また食堂はバイキング(ビュッフェと言うべきか)型式で、11時過ぎには長蛇の列になっている。チョイスはヘルシーなものからスイーツ類が充実しており家族連れが多い。
混み合うので、早めに着いて食堂に記帳後に風呂に入って戻ってくると待ち時間が少ない。近場に観光地も多く、スイーツがあるので不機嫌な家族でもここに連れてくれば喜ぶと思う。
暫定5位 花立山温泉
二日市からさらに南に15分ほどツーリングしたのどかな水田の小山の上にある。このあたりでは有名な観光地で、昼には百台以上もある駐車場が一杯いになるほど賑わっている。いかにも昭和の温泉健康センターという大衆的かつレトロな雰囲気で食事もいろいろ選べる。
浴室に入ったとたんにかなりの硫黄臭を感じる温泉で、PH9.8のアルカリ性単純温泉と言うだけでは語りきれないほど複雑な組成でわずかに濁りがある。成分総計は0,23g と低いが味は濃い。蛇口から注いでいる分は源泉掛け流しで、内部で噴出しているものは循環だそうである。源泉のシャワーから飲用もできる。
不思議なことに久留米付近には硫黄臭の強い温泉が多数有る。
考えてみると、白山火山帯が中国山地から筑後平野を横断し雲仙を経て五島まで伸びている。さらに筑後川沿いには水縄断層が走っているので、硫黄臭のある温泉があって当然と言えば当然である。福岡ですら多数温泉がある程なので、温泉の無いとされていた都市でも深く掘れば温泉が出るのかも知れない。
さて露天風呂からは甘木方面が広く望めるが、左の方にヘンな建物が!!福岡からだと行き帰りに大刀洗通信基地のメロン群が見える(写真はGoogleより)。
これは三沢基地にあるという
に似ている。何をしているか不肖だが、過去北朝鮮のミサイル発射をいち早く探知したと言われている。全国に数カ所ある基地の中でもっとも都市部に近い。ただし、防衛意識の甘い日本のこと、すぐ近くに積んである廃車のECUやレーダー探知機などが誤動作して変な電波をまき散らしたらどうなるのか、と余計な心配をしてしまう。
福岡周辺にはツルツルの温泉が多数有る。火山から遠い福岡周辺に楽しめる温泉が多数あるとは実にありがたいことだ。
なお、福岡市の中心に近い長浜に天神湯の華(露天がカルシウム・ナトリウム−塩化物温泉 湧出量750L/分 成分合計9g)、がある。食事も安価で人気がある。またベイサイドに波葉の湯(露天がカルシウム・ナトリウム-塩化物泉 湧出量400L/分 成分合計13g)がある。岩盤浴もあり賑わっている。どちらも循環ながらナトリウムとカルシウムが濃厚に感じられて温泉として十分楽しめるので付記しておきたい。
FX候補のEN125だが、品質や馬力に合格点がつけられるものの、納得いかないのが減速比だ。
現状ではおおむね速度x0.9x100の回転数であり、流れの良い国道での巡航でもエンジンの振動が大きいし、1速も低すぎてすぐ吹けきってしまう。個人的には減速比を10%位下げたいところだ。
先祖である小刀ことGS125EとEN125-A2の性能を比べると
GS-125E 最大出力14ps/10000rpm 最大トルク1.0kgm/8500rpm 圧縮比9.5 EN-125 最大出力12.5ps/10000rpm 最大トルク1.0kgm/8600rpm 圧縮比9.2EN-125は中国のガソリン品質を考えて圧縮比を落としているのだろう。ピストン上面も平滑でヘッドも2球形燃焼室のS.T.D.C.C.を採用していない。ギヤリングが正しければGS-125Eの最高速度は120km/h、EN125の最高速度は115km/h程度と推測される。古い出典だが70年代のCB125(二気筒)が旧JISの13PSで平坦前傾で最高速度120km/h、高速道路を走るための排気量136mlのCB135が旧JISの15PSで最高速度130km/hとの記録がある。
ギヤリングを比較すると、
GS125E タイヤ 3.00-18-4 PR 外径 627mm前後 1速 3.000 2速 1.857 3速 1.368 4速 1.095 5速 0.913 1次減速比 3.470 2次減速比 3.071(スプロケ14T/43T) 5速x2次減速比=2.803823 EN125-A2 タイヤ 90/90-18 外径 627mm前後 1速 3.000 2速 1.857 3速 1.368 4速 1.143 5速 0.957 1次減速比 3.470 2次減速比 3.214(スプロケ14T/45T) 5速x2次減速比=3.075798 (EN215/GS250E=1.097)1速から3速までのギア比は同じだが、EN-125Eの方が4速5速と2次減速比がローギヤードになっており、総減速比では9.7%ローギヤードになっている。ちなみにジュベル125やXT125の総減速比もGS125Eとほぼ同じで、最大馬力の回転数で最高速度が120km/h前後の設定が国産125cc4ストの相場のようである。ローギアードなのはリアカー牽引などの大陸事情なのかも知れない。
実効ギヤ比は前後のスプロケとタイヤで変わる。リアタイヤを90/90-18から100/90-18(外形640mm) にすれば2%、3.5-18に変えると(外径656mm)4.6%ハイギヤード化できる。
さらに前スプロケを14Tから15Tにするか、あるいは後スプロケを45Tから42Tに変更すれば合計で10%強ハイギヤードにできる。ただし現状ではタイヤ前後とも7部山あるので考えるところだ。
もう一つは前スプロケを14Tから一気に16T(ジェベル125と同じ)に変えれば14%ハイギヤード化できる。ネットで16Tのスプロケも入手可だし、装着レポートもある。
後スプロケを変えるには、後輪をはずして緩み止めと4本のナットを緩める必要があるが、途中でブレーキシューやダンパーなどの点検や給脂もできる。一方、前スプロケの交換はネジ3個でカバーをはずし、27mmナットを緩めスプロケ交換とチェーン調整程度の作業ですむので、所用時間も半分位だろう。
ただ、前スプロケの前にはギアポジの電線が走っており、これとの距離が気になる。とりあえず持ち主の合意を得て前スプロケを交換することにした。手順は、
1.メインスタンドをかける。
2.スプロケカバーをネジ3個を緩めてはずす(要7mmの細めのソケット 100円+TAX@ダイソー)。
3.スプロケナット27mmのネジやワッシャ、周囲に5-56をたっぷりとかける。
4.ワッシャの折り返しを12時位置になるように、両スイングアームに布で来るんだスパナを渡して後輪を止め、ギヤを1速に入れる。
5.ワッシャの周り止めの折り返しに細めのマイナスドライバー+ハンマーで隙間をあけ、太目のマイナスドライバーで倒し、最後にヘキサレンチで平らになおす。
6.5-56が効いていれば、ナットは45cm長のトルクレンチで簡単に緩む。反時計周り。
7.後輪ハブナットを緩めスイングアーム後端のチェーン引きを両方とも緩め下にぶら下げておく。タイヤを前に蹴ってよせる。
8.チェーンをかけた16Tスプロケを軸にはめる。ワッシャをスプラインに注意深く合わせて保持しながらナットを締める。締め付けトルクは100Nm=70ポンドフィート。
9.ワッシャを起こしナットを周り止めする。最初と違う位置が良い。
10.スイングアームの刻印を参考にチェーンが下側中央で20mmの遊びになるようにチェーン引きを合わせてハブナットを締める。後輪が車体に対して斜めになっていないか距離をとって目視確認する。
11.最後に各ナットを再度締めてチェーンの遊びを再度確認したあとにスプロケカバーをはめて終了。作業時間20分ほど。
作業中に注意を要するのは、8.でワッシャをスプラインにあわせて保持しながらナットを締めるところくらいか。スプラインに合っていないと締め付けが緩んでスプラインを舐める可能性がある。
気になるギアポジの配線とチェーンの距離は充分あるようだが、上方の配線クランプを緩め配線を前方に動かし、ギヤと距離がとれるようにした後にクランプ部分をボンドで固めておいた。今後もチェーンが緩みすぎないように注意が必要だが、この部が断線し接地されてもギアポジが賑やかに誤点灯するだけで修理も簡単だ。
さっそくショートツーリングに連れ出した。回転数は速度x0.8x100回転弱となり快適だ。まず1速の頭打ち感が減り2速へのつながりも良い。低速の渋滞は殆ど一速だけで間にあう。5速には依然としてトルクがあり、少々の坂でも上れる。
流れの速い国道でも殆どエンジンの振動も感じなくなったし、燃費にも良い影響があるだろう。印象としてはもう2、3%はハイギヤードとする余裕はあるが、純然たる巡航ギアリングとなり使い勝手は悪くなるかも知れない。
市内を走っていると原付2種スクーターにどんどん追い抜かれる。信号で並ぶと加速はV125はおろか、シグナスやPCXにも完敗であるものの、流れの速い国道での安定感や乗り心地は遥かに良く、ツーリング向きである。
最後にリアショックに細工をしてみた。
リアショックの上部固定部とカバーとの間、スプリング下端とワッシャ間およびワッシャショック下部固定部の間に注油(10w-50程度の粘度)し、10回以上スプリングを回して手で軽く回るようになじませる。これによって格段に後輪サスの効きが良くなり乗り心地が向上する。
このアイデアはYB125ダイアリーリアサスにシュッ!を参考にさせて頂いた。以前からフロントサスのバネ上部のワッシャをベアリングに変える試みはあったが、作業には手間がかかるしこの部分には普段からオイルが回っているので必ずしも必要では無いと思う。しかしリアショックは盲点であり注油だけで充分な効果がある。
原理は簡単だ。スプリングが収縮するとその端がわずかに回転するが、その滑りが良くなるとストローク初動に抵抗なく微細な動きを良く吸収するようになる。先祖のGS125Eが35年前に発売され随所にレトロ感が漂うこの手のバイクでも、まだこんな所に大きな改良の余地があったとは驚きである。
なお、
□プリウスの車体強化のナゾver.3(フロントサブフレーム補強編)
と同じペイントによる締結部の強化をEN125にも行った。方法は透明スプレーをダイヤモンドフレームとエンジン間の左右6箇所、エンジン上部のハンガー左右6箇所、エンジン・スイングアーム固定の左右2箇所、ステム、フロントショック上端、ハンドルバー固定部のボルトナットと座金、フレーム間の隙間に充分スプレーし浸透させるだけである。作業としては3分というところか。
効果は回転数が6000を超えたあたりでの振動の振幅と騒音が激減しエンジンとフレーム間の一体感が向上した。透明スプレーなので特にマスキングする必要も無い。
このような小細工の効果が高い所を考えると、20世紀に完成し今やレトロとなった製品にもまだ改良すべきところが多く残っていることが実感される。
P.S.
ポータブルナビのGPSによる速度計測では、速度メーターが10%も表示が甘いことが解った。道理で他のバイクにも車にもどんどん追い越される訳である。回転数も近く計測してみるが同様に甘いのかも知れない。よって上記の実速度は10%程度割り引く必要がある。
アドレスV125(K5)のご機嫌がナナメで始動が悪い。もともとV125の冷関始動は1発で掛からないことはあったが、セルだけでなく10回もキックしても掛からないのは初めてである。カブりかと思ってアクセル全開でキックすると掛かりかけたので、再度アクセル全開した後にキックするとようやく掛かった。
キャブ車でアクセル全開でプラグを乾かすというのは古い手だが、燃料噴射の車でも有効とは思わなかった(スロットルが電子制御だとだめだろう)。V125を郊外に連れ出して高回転を使ってみたがあまり状況は改善しない。エアクリーナーは先日交換したばかりだ。
プラグが摩耗して交換時期なのかも知れない。ただしV125のプラグ交換はやりにくく気が進まないない作業である。V100も板金製のヘルメットベイがフレームと一体溶接されていて、その深部の後輪の土砂をかぶる所にキャブがあり、またプラグがセンタースタンドに近いなど整備し難いプアな設計に悩まされたことを思い出した。
シート前の蓋(ネジ2個クリップ2個)をはずし、内側からU字ロックの先でプラグ交換用の小さな蓋をはずす。キャップをはずし覗き込んだところが写真である。
まずプラグ交換用の孔がプラグの延長線から上にずれているのが気にくわない。これだとプラグを斜めにねじ込む可能性が有るではないか!V100もプラグ交換の整備性が悪いバイクだったが、14年間で21万台も売れたV100に続くV125ではじっくり設計するヒマはあったはずである。蓋をあと2,3数センチ下に作らなかったスズキのデザイナーは救いようもなく頭が悪い。(苦情が多かったらしく後期型では若干改良されている)
自在継ぎ手のプラグレンチではずしたが、今度は新しいプラグが入らない。プラグ孔と導風シェラウドに距離があり指でうまくねじ込めない。プラグのところだけシュラウドを奥に整形しておけば何でもない話なのだが。プラグレンチで押し込む手もあるが、中心線がズレているので斜めにネジ込んだらエンジンがパーである。
しょうがないので図のようなチューブを使って指でねじ込んだ。実際にはもう少し太いチューブ(シャワー用のチューブあたり)が良いだろう。メーカー指定では重くなってからさらに1/2回転締めるとあるが、ネジ孔が標準的なトルクに耐えない可能性もあると考え、2/5回転ほどで留めて置いた。このあたりのスズキ車の整備性の悪さは祟るのだ。
取り出したプラグを掃除したところが写真である。
中心電極の先端の金属が露出しているが碍子全体がカブっている。これでは冷関始動時の濃いめの混合気で濡れた碍子部分に漏電して掛かり難かったと考えられる。このような状況で失火した電流により中心電極周囲の碍子のカーボンを焼き切るのがプラグの機能の一つだがイリジウムプラグはこの作用が弱いようだ。
一般にベテランほどイリジウムプラグを好まない傾向がある。特に空燃比が安定しないキャブ車ではカブりに弱く、一旦失火が始まると回復し難いという説は昔からある。Webmasterもイリジウムプラグは基本的には使わない方針だ。
標準はNGKのCR7HSAだが前オーナーがデンソーのIUF-22なるイリジウムプラグをつけていた。これは中心電極が0.4mmと細く外部電極はU字型だが、外部電極は通常のニッケル合金のため寿命は通常プラグとあまり変わらないらしい。前のオーナーは郊外にお住まいで距離を乗っていたのでプラグのカブりは少なかったと考えられる。
ガウスの法則によると電荷は尖ったところに集中するので電極を細くする。通常のニッケル合金だと摩耗するので白金やイリジウムを使う。デンソーは外部電極をU字型にして火種を大きく育てる?とかいう特許を持っているので、これらを組み合わせたものがイリジウムパワーというプラグの成り立ちらしい。
これで電荷を集中させるため飛火電圧が低いことが売りだが、飛火電圧が低いことが両刃の剣である。以下、Webmasterの説を解説しよう。
プラグがカブってで中心の碍子にカーボンが付着すると、電流は中心電極から碍子表面のカーボンを経て周囲の金属の接地にむかいカーボンの幾ばくかは電流で焼け切れる。これで中心電極の電圧が上昇して飛火電圧に達する。通常のプラグの飛火電圧は高く、この電圧に達するまで中心電極の周囲を焼き切る自浄作用が続く。
一方、イリジウム電極の場合、電極が細く放電し易いので通常のプラグより飛火電圧が低い。したがって周囲の碍子表面のカーボンが完全に焼き切られる前に低めの飛火電圧に達しエンジンは始動する。しかし低速走行が続くと再度カブり気味になってカーボンが蓄積する。
しかも通常のプラグだと中心電極のエッジはぐるりと一周あるが、イリジウムプラグではエッジが中心電極の先端一カ所しか無い。しかも先端と碍子表面と距離があるためにカーボンを焼き切れない。
さらにカーボンが貯まるとついには始動しなくなる。始動時には濃い目の混合気が供給されるので蓄積したカーボンが濡れて飛火電圧に達しなくなる。つまり飛火電圧が低いためにカーボンを焼き切る作用が弱くカブり耐性を弱くしている、というのがWebmasterの説である。
Webmasterもしばらくは意識してエンジンを高回転に保っていた。通常のプラグであれば登山などで20-30分高回転で走ればカブりは解消するが、イリジウムプラグでは回復せずついには始動不良となったのであろう。
もちろん、イリジウムプラグもカブりが無ければより早く低い電圧で燃焼が始まるので若干の性能の向上はあるだろうが、カブり易い状況では通常のプラグより回復が遅く、さらにカブりが続けばまったく点火しなくなることもあるだろう。それが、多くの経験者が語る”イリジウムは突然死ぬ”と感じられる現象の説明になるかも知れない。
最近の乗用車は燃料噴射で中心電極と外部電極両方に白金やイリジウムを用いたプラグが採用され10万キロ無交換となっている。しかも燃費を向上させるために薄い空燃費比になっているので以前よりカブり難くなっているが、逆に直噴などのように条件が悪化している車もある。
最新鋭の車であっても、冷却水の温度が上がる前。つまり混合比が増量されリッチなまま短距離でエンジン停止を繰り返しす状況では、プラグの具合が悪くなることもあるだろう。
つまりイリジウムプラグには優れた点も多いが、弱点も存在し得るということだ。
以前から気になっているのが中華製原付二種バイクである。10年ほど前からスズキのOEM先の中国大長江集団製GN125なるバイクを多く見かけるようになった。オリジナルは1982年に国内で発売されたGN-125Eである。
当初は10万前後の価格で人気が出たが、スズキの名を冠するものの中華製の部品には品質問題があり、自分でメンテできないユーザーには向かない製品だった。個人的には興味があったが、スクーターの便利さに圧倒されていたこともあって入手しなかった。
なによりGN125のアメリカンモドキのデザインがあまり宜しくない。1980年代のHY戦争ではホンダとヤマハが膨大な数のモデルを乱発し、スズキも負けじと多くのモデルを発売した。しかし多くのバイクは売れ残こり、中でもアメリカンバイクの流行は短時間で終わり悲劇的な価格で処分されていた。現在と違って当時はアメリカンバイクのユーザー層が薄かったのである。
スズキ車には刀やΓ、隼など世界的に評価が高いデザインのモデルもありながら、一般的にヤマハに比べ魅力的でないことも事実である。
さてGNの125cc単気筒エンジンは2サイクル車が排気規制で売れなくなることを見越して作られたもので、コピー元は1970年発売のホンダCB90やCB125Sである。これはカブの水平エンジンを縦型に改良したもので、ポイントがカムシャフトに引っ越し、キックがプライマリーに変更されていた。エンジンはダイヤモンドフレームに搭載され、ヘッドがフレーム上部と結合されていた。(写真はホンダサイトへのリンク)
写真は1980年のCB125JXのマイナーチェンジのもので、メカニカルディスクブレーキを搭載されていた。友人が乗っていたがディスクブレーキが効かなかったことを覚えている。メカニズム的には1971年発売のCB50とも近く、それらの末裔は現在もエイプなどに搭載されている。
さてスズキもCB125Sをパクるにあたって改造をしている。それは
1)ポイントが無くなりトランジスタ点火になっている。
2)ヘッドがカムギア中央で上下に分割され、側面のカムギアの窓が無くなっている。
3)濾紙式オイルフィルターを使用し交換し易くなっている。
4)オイルドレンボルトが本体と別体の板についている。ネジを舐めてもこの部分で交換可能。
5)エアフィルターは左サイドカバー内になっている。
6)フレームはステムから降りてきた太いパイプが逆U字型に分かれてエンジン後端とスイングアームを外側からサポートする。CB125Sはバックボーンプレスが一本降りてきてエンジン後端やスイングアームを内側から支える。
バルブ回りの改造のためかヘッドが大きく立派で、オイルフィルター、幅の広い大きなフレームという点で3社の中では一番高級な設計である。一般的に見かけがしょぼいスズキ車にしてはエンジンに高級感がある。
同様にヤマハも排気対策を予期してCB125Sをパクった。それが1981年発売のSR125、XT125であり、それが現在のYB、YBZに繋がっている。セローやSR400、SR500、さらにはXVなどのV型もこれらの発展型で、要するに各社の単気筒やV型は殆どがホンダのCB125Sのコピー由来である。
ヤマハもそのままパクったわけではなく、
1)ポイントが無くなりトランジスタ点火になっている。
2)バランスシャフトをつけて振動を軽減した。
3)一体型ヘッドの形状は特に改良されずカムギアカバーもCB125Sに近いまま。
4)エアクリーナーが右サイドカバー内にあるのもCB125Sと同じ。
5)オイルフィルターが無くストレーナー+遠心フィルターなのもCB125Sと同じ。
6)フレームは太いパイプが降りてきて板金のボックスにつながり、それがエンジン後ろの端とスイングアームを内側から支える。CB125Sと似た設計。
正確にはSR、XTで濾紙式オイルフィルター式に改良されていたがアジアの部品供給の実状からか先祖帰りしたようだ。エンジン、フレームともヤマハのCB125Sのパクリ度が一番高い。
もうひとつ、本家ホンダのCBF125なるモデルも見かける。これはCB125Sが開発途上国向けのOHVのCG125として長らく生存し続けたものがOHCに先祖帰りしてMCR125となり、ヘッドが変更されてCB125SBとなり、更にCBF125となって現在ではグローバルで販売されている。エンジンは、
1)ダイヤモンドフレームながらエンジンのヘッドと連結されていない。振動対策だろうか。
2)伝統の凝ったヘッド構造が簡略化され大きなヘッドカバーに被われている。カムの支持は四輪用に近い構造でタペットがローラー式。
3)フィンは小さく浅い。騒音対策だろうか。
4)オイルフィルターが無く、ストレーナー+遠心フィルターとなっている。カブに近い構造。
5)エアクリーナーはホンダ伝統の右サイドからシート下に引っ越しており乾式エレメント。
6)フレームはステムからパイプが降りてきて逆U字型に接続し、エンジン後端とスイングアームを外側から支えるスズキに近い構造。
個人的にはオイルフィルターは濾紙式の方が便利だと思うが、ユーザーがオイルフィルターを安易に交換してネジを舐めたりするので、無い方が良いという考え方も成り立つ。ホンダはカブの膨大なデータによりストレーナー+遠心フィルターで行けると考えているようで、ヤマハもそれをパクったのだろう。
なお、濾紙式のオイルフィルターは少し汚れてから本領を発揮する。また完全に詰まったらバイパスされるので、フィルターはオイル交換の数分の一の頻度で十分という説がある。webmasterはフィルターは頻繁には交換しない方針である。
さてCBF125のデザインは3社のなかで一番ぱっとしない。特にタンクとサイドカバーの繋がりが良くない。またアルミ風のサイドカバーが大き過ぎて、弁当箱ヘッドカバーと細いシリンダーのエンジンが貧相に見える。単気筒はエンジンの見栄えが命という点からは他車に一歩ゆずる。
個人的にはヤマハのレトロSP風のYB系のデザインが優れていると思う。スズキはエンジンのルックスが優れていて堅実に見える。CBF125よりは過去のMCR125やCB125SBの方がデザインが良かったが、メンテ性が高く信頼性があり故障率は一番低そうである。
前置きが長くなったが、今回webmasterがアドレスV125と交換で借りたのはEN125-A2で、アメリカンなGN125に対しネイキッドなロード仕様で、”小刀”ことGS125Eの末裔と言える。走行は4500kmでA3になる直前の製造らしい。メカ的にはGN125に近いが、
1)タイヤが前2.75-18、後ろ90/89-18でGNと異なりチューブレス。
2)水平基調のデザインでタンクが14Lと大きい。
3)ウィンカーがプッシュキャンセルでチョークレバーやパッシングスイッチがある。
4)ピリオンステップやリアキャリアがアルミであり、エンジンもGN125に比べフィンやケースが大きく油量が多い。ヘッドにメッキカバーがあるなどGNより高級感を演出?している。
5)12.5馬力とこの手のバイクの中では最もパワーがある。
個人的にはチューブレスタイヤが好ましく思った。山中でパンクしても瞬間パンク修理材で帰って来れられる可能性が高いからだ。
中華製の切れやすいとされるクラッチ、スピードメータ、タコメーターのケーブルにはたっぷり給脂されていた。錆はリアショックの一部に見られただけで、過去のホンダ二輪より塗装は良いほどである。
中華っぽいマフラーのプロテクターが興ざめだが、子供をはさんで家族3人で乗るために必要なのだろう。ヘッドランプがタングステンの35/35Wと貧弱だが、マルチレフレクターの反射鏡が大きいせいか予想よりは明るいもののハロゲンに交換したいところだ。プラグはNGKが付いていた。工具は整形が今ひとつながらクロメートメッキが厚めで錆びていなかった。中華品質も随分改善したものだ。
見た感じはフロントフォークが長くGS125Eより前上がりな印象がある。ネットによれば欧米向けでブリッジ上部にセパハンを付ける仕様があるためのフォークが長いらしい。車体が軽く地上高もあって前後のサスのストロークも大きいことから林道も行けそうである。
排気音は小さくエンジンのメカノイズが聞こえる。国内で売るに当たって騒音規制だけはパスする必要があったらしい。全般にローギアードで、5速ではおおむね速度x0.9x100回転である。発進は1速では低すぎ、2速では高すぎで、ユーザーがスプロケをいじりたくなる理由が解る。
6000rpmまで回すとかなりの振動である。エンジンマウントはゴムで浮いておらず、フレームにヘッドが直結しているせいかタンクにかなりの振動がくる。一方ハンドルの振動はバーエンドウェイトが効いているのかそれほどでもない。
振動からは60-80km/hが快適な巡航速度で、ローギアードなので軽い坂なら5速で昇ることができる。乗り心地は非常に良く、唯一エンジンの振動だけが気になる。取り回しは軽く簡単に倒し込んで曲がれる。ギアも1速、ニュートラル、2速の入りもまずまずである。タイヤのグリップも最悪との予想よりは良い感じだ。
しかしV125と違って雨具やパンク修理材、飲み物などを入れる場所が無いのでリアトランクが欲しいところだ。(実際にはリアサイドカバーとフレーム間に雨具やパンク修理材を入れる程度のスペース、また後部カウリング内に電球やプラグの予備を入れる程度のスペースはある)
webmasterがスクーターに乗ったのは比較的最近のことだが、改めてロードバイクが収容能力が少ない事を実感した。V125はあのサイズにして灯油2缶+ヘルメットが搭載可能なのに、である。
便利なV125を手放す気にはなれないし、交換の部品やタイヤも買ってある。しかし小規模なツーリングにはこの車が一番で、そもそも振動と少ない馬力のために飛ばす気にならない。
部はもGNの物が多数出回っているし国内スズキの純正品もまだ手に入る。ネットの部品販売の規模からすると相当数のGNとENが走っているようである。
個人的にはEN125は十分にFX候補になると思った。
わが家には7インチandroidタブレットが3台ある。一つは
□続々Android増殖のナゾ第3弾(WM8650編)
で登場したWM8650で、OSがver2.2もどき(全てのシステムファイルが2.2で無い)、AdobeFlashが開発用サンプル、RAM256MBで電池寿命が短いクセのある個体だが、家中でSlingmediaやSmartNewsを見る端末として現用中だ。アプリを厳選し目的を限れば未だ十分に使える。
あとの2台はLenovoIdealPad(A1_07)で、一台はモバイルルーター付きPHS(Portus)のオマケ、もう一台はジャンク(ほぼ新品)を購入しOSを再インストして使っている。
いずれも、純正ROM(A107W0_A234_001_015_2643_ROW.zip)と純正rootパッチ(patch-rooted_signed.zip)でroot化していいる。OSがver2.3.4と古くCPUがシングルの1GHz、RAMが512MBと見劣りするが、不要なファイルを消しアプリを厳選して現用中である。
A1は電池が大きく(3700mAh)、作りはThinkpadの影響があり中華製としては良い部類だろう。ただし大きな電池のせいで重く厚めである。
A1で困るのは内部ストレージ領域が337MBしかなく、”内部ストレージの容量がいっぱいです”のエラーが出やすいことだ。そのため新しいアプリをインストするたびに古いアプリを一時的にアンインストする必要がある。
Androidにはいろいろな機種があり内部ストレージ、内部SDカード、外部SDカードなる名称の実装はいろいろ異なる。A1では内部ストレージと内部SDカードは同一ハードでパーティションで割ってある。さらに外部SDカードは/sdcard/removable_sdcardにシンボリックリンクされている。
現状では内部SDカード領域は1GBの殆どが空いているが内部ストレージは337MBのうち空きがたった30MBしかなく、大きなアプリのインストが出来ない。何とかならないのだろうか?
一番オーソドックスな方法は、内部SDカードのパーティションを縮小し内部ストレージのパーティションを増やす方法だ。A1には純正のAndroid ver4が供給されており、これをインストするにはパーティションの切り直しは必須の改造だが、ver4はこの端末では重すぎる。何よりパティションを切り直す際にしくじれば文鎮になる。実は失敗したときのレスキューのためにもう一台のA1を手配したが、手をつけないままになっている。
さて内部ストレージとはファイルシステムの/dataの領域だと解った。ここにはアプリ/data/appやそのデータ/data/data、その実行ファイルのキャッシュ/data/delvik-cacheなどがある。アプリを”SDカードに移動”すると内部SDカード領域に引っ越して内部ストレージの空きが増えるが、/data/dataにある設定などは残る。現状では引っ越せるものはすべて引っ越し済みである。
他には/data/appのいくつかを/system/appに引っ越すという方法がある。しかしアプリのアンインストや更新で不具合が出るので今回は手を着けなかった。
/dataを子細にみると、/data/misc/wifiにはテザリングで有名なwpa_supplicant.confがある。これは/system/etc/wifiにあるものとタイムスタンプが異なるので、/dataの設定ファイルは/sytemからコピーされた物では無いことが解る。このあたりはsandboxとしてのandroidとLinuxの切り分けのためだろう。
まずdelvik-cacheを全部消してみた。これは多くの機種では立ち上げ時のボタン操作で可能だが、root端末なのでESファイルエクスプローラーで消した。同時にクラッシュダンプらしい/data/toubstonesも消した。再起動して複数のアプリを動かした時点で
内部ストレージ +5MB
となった。再起動でdelvik-cacheが再構成されたが不使用キャッシュが消えたことによるゲインはたった5MBであった。
次に/system/mediaの音声ファイル群を減らしてみた。電話のringtonesなどである。
内部ストレージ +0MB
これは当たり前で、/system/appのアプリはdelvikキャッシュされるが、/system/mediaのファイルはキャッシュされず直接使われるのである。だからこそboot時の動画や音もこの領域にある訳で、実にムダな試みであった。
たった5MBのゲインで終わるかと落胆してアプリを眺めると”GooglePlay開発者サービス”が目に入った。これは当初は存在せず開発者用のものであったが、OSが進歩するにつれてGoogleアプリのAPNやライブラリーを兼ねるようになったようだ。内容は非公開だがこれを消すとGoogleマーケットなどの複数のGoogleアプリが動作しなくなる。
ただ問題はアプリのデータが30MBも有ることだ。これを消せるとゲインは大きいが、購入したアプリなどの扱いはどうなるのか?
実はアプリ購入歴は端末ではなくGoogleのサーバー内にある。パソコンからマーケットにアクセスすると、同じアカウントで紐付けされた端末群が見えるし、一つの端末で購入したアプリは別の端末でも無料で使える。さらに設定のプライバシー設定で、データのバックアップと自動復元にチェックを付けておけば一部はサーバーにバックアップされている。
過去”GooglePlay開発者サービス”をデータごと消去したことがある。いくつかのGoogleアプリでこれが無いと警告されたものの自動的に再インストールされ何の問題も無く回復した。Googleによれば、”GoogleアプリとGoogle Playアプリの更新、Googleサービスへの認証、連絡先の同期、ユーザーの最新のプライバシー設定へのアクセス、高品質/低消費電力の現在地情報サービス、オフライン検索の高速化、リアルな地図の提供、ゲームパフォーマンスの向上”などの機能があるとされる。さっそくデータを消してみた。
内部ストレージ+30MB
これはかなりのゲインであった。消したあとにマーケットにアクセスし過去購入したアプリをチェックすると、購入された状態になっている。マイアプリでアプリの更新を見るときちんと表示される。つまりGooglePlay開発者サービスのデータは再構成されるのだ。
その後、GmailやMap、カレンダー、youtubeなどを起動してデータがどの位増大するか?だが、
内部ストレージ −20MB
となった。かなりを失ったがそれでも10MBのゲインは貴重である。おそらく過去の不要なキャッシュが消えたのだろう。
さて、現行のyoutubeアップデート(ver5.5.30 7.99MB)の動作が不安定で再生できない動画やハングする動画が多数ある。どうやら現在のバージョンはFlashとの相性が悪いようだ。オリジナル(ver2.1.6 446kb)はFlashを前提にしていたが、最新のyoutubeはFlashを前提としていないので齟齬があるのだろう。OSver2.xで使用可能な最新のFlash(ver11.1)をインストしているので、ver2.16に戻してみたところまったくトラブルが無くなった。これはお勧めである。
内部ストレージ+7.3MB
アプリをオリジナルに戻すと相当なダイエットになるようだ。それならGooglePlayをオリジナルのマーケット(ServiceFrameworkに内蔵されているようだ))に戻してみると一度は使えたが、自動的に再アップデートされてしまった。MarketUpdater.apkが監視しているようで、これを消すことも考えられるが、今回は手を着けないことにした。
次にMapアップデート(ver6.14.5 10.24MB)をオリジナル(ver5.8.0 3.5MB)、に戻してみる。ストリートビューアップデート(1.8.1.2 546kb)もオリジナル(ver1.7.0.4 305kb)に戻してみる。 内部ストレージ+7.2MB
このタブレットはGPSを内蔵しているが、マップ自体の機能は低下しないもののナビの音声ガイドなどの能力が格段に低下するので、勧められるかどうかは用途によるだろう。
次にGmailアップデート(ver2.3.6 3.25)をオリジナル(ver2.3.5 2.07MB)に戻してみた。これで
内部ストレージ+1.2MB
ただしエラーがでるので、データを一度削除し再度googleに同期する必要があった。
さて、今回の見直しの結果は
内部ストレージ+58MB = 88MB
と+58MBのゲインであった。またアプリサイズが小さくなることで起動もスピーディーになった。
今回の経験から、”内部ストレージの容量がいっぱいです”が出たときの対処法をまとめてみると、
1)SDカードに移動できるアプリは移動する。ただしランチャーは残して置いたほうが良い。
2)不要のアプリはアンインストする。再度使う予定があればデータは残しておく。
3)ESタスクマネージャーなどでキャッシュをクリアする。
4)/data/delvik-cacheをクリアする。rootをとってなくても起動時のボタン操作で消せるものが多い。消去しても自動的に再構成される。
5)”GooglePlay開発者サービス”のデータを消去する。消去しても自動的に再構成される。
6)Googleアプリのアップデートを消す。OS2.xでは最新のYoutubeが不安定なのでオリジナルに戻すと効果的である。Gmailもオリジナルに戻しても殆ど機能は変わらない。しかしオリジナルMapはナビ能力が大幅に機能が低下するので消すかどうかは用途による。
ただし古いアプリにはセキュリティーのリスクがあるので、ワクチンアプリは必須である。WeebmasterはZoner AntiVirus Freeを使っている。
これらの方法はどうしても必要なアプリのインストが必要でエラーがでた時に覚えて置いて損は無いと思う。
今年の黄金週間に予定になかったことだが、突然思い立って重い腰を上げて呉を観光することとした。
最初は新幹線を考えたが、自宅から呉まで4時間要することが解った。それなら車でと思ったが連休の高速は渋滞する。ネットで探すと深夜の高速バスが空いていた。当地を深夜に出発し早朝に広島に着く。また広島を深夜に発ち福岡に早朝着くので早朝から深夜まで時間が最大限に使えるでは無いか。
webmasterは長距離の深夜バスに乗ったことが無い。そこで熟睡できる準備として枕と目隠し、安定剤の代わりのレスタミンコーワ錠を用意して乗ってみたところ思ったよりは快適だった。驚くことは客に男性よりむしろ女性が目立つことで治安の良い日本ならではである。
早朝に広島バスセンターに着き、路面電車で広島駅に移動、呉線に乗って7時ごろには呉についた。呉線は単線で時間が結構がかかったので帰りは高速バス(クレアライン)を利用した。今回のターゲットてつのくじら館(海自呉資料館)と大和ミュージアムは午前中に満足するまで見たので、予定になかった江田島まで足を伸ばすことができた。
最初は"てつのくじら館"であるが、何より潜水艦あさしおの内部の展示がすごい。1985年進水と比較的新しい艦の内部がそのまま展示されている。チャートテーブルの上には魚雷の指示板などがあって秘密漏洩が心配になるほどである。写真は電源関係のコントロール盤である。潜望鏡でも呉湾にいる実物の護衛艦が観察できるので、ぜひ訪問をお勧めしたい。
今回呉まで来た理由は潜水艦あさかぜの内部を見るためであり、大和ミュージアムは付けたしである。個人的には戦艦大和という存在が心の中で総括できていない。
真珠湾やマレー沖海戦で明らかになったように戦艦は航空勢力には無力であることは衆知となっていたが、大和級は開戦直後には既に就役していたのである。出来てしまっていたのだ。
大和級は美しい船である。巨艦ながら第一砲塔から第三砲塔までのバイタルな部分が前後に凝縮され、46センチ三連装に必要な船幅ながら速度低下を防ぐためにバルバスバウなどの最新技術が盛り込まれた。
けっして独活の大木ではない。日本の近代戦艦は金剛級からだが、前方はコンパクトなものの後方は第四砲塔のあたりが間延びしていた。その後の扶桑と山城はバイタルな部分が更に激しく間延びし、この部分が弱点となって被弾爆発して沈んだ。伊勢、日向も同じ欠点をもっていたが、航空戦艦とすることで被弾に弱い後部の弾薬庫がなくなったためか着底して終戦を迎えた。長門、陸奥になって再度凝縮されたものの依然として後半が間延びしている。
対して大和級は46センチ砲の最適解に近い全幅に比して全長が短くコンパクト?な設計であった。大和も武蔵も航空勢力で沈められたが、20発以上の魚雷と多数の爆弾を受ければダメージコントロールに優れたアイオワ級も沈んだであろう。技術的にも最後の戦艦として歴史に残る船であったし、世に不沈なる船は無いことを知らしめた船でもあった。
webmaserは多分に運命論者なので、先の大戦も大和級の運命も変えることができなかったと信じている。ただ日本人の心の拠り所としての大和の存在は否定できない。いや、webmasterが米国で受け持ったポストドクの学生は大和の素晴らしさをとうとうと語っていた(webmasterより旧日本軍の兵器の事に詳しかった)ところを見ると、米国人にも大きなインパクトを与えた艦なのであろう。
何より大和の防楯をアイオワ級戦艦の主砲で貫通した展示物が存在する。実際には大和級二隻を航空兵力で沈めた米国自体が、大和級とアイオワ級のどちらが最強の戦艦であったかについてこだわっているのだ。ただ時代の変化が急過ぎて、意識改革と運用が追いつかなかった、ということである。そんなことをモヤモヤと考えながら、江田島に向かうことにした。
フェリーで江田島に渡る途中で護衛艦や潜水艦も観察することができた。江田島に着きバスで移動し受付までの時間は海軍カレー(サラダ付き600円)を食した。大和ミュージアムの前でも食したのだが、味は大和ミュージアムの方が美味に感じた。
江田島の海軍兵学校は現在は第1術科学校と呼ばれていて、幹部候補生学校と、砲術、水雷、掃海、航海、通信等の技術を教育する第1術科学校からなっている。見学では講堂(内部も)、幹部候補生学校庁舎(外観だけ)、教育参考館(内部も)を見ることができた。
特に教育参考館は林子平や坂本竜馬あたりから始まって近代まで膨大な資料があり、40分ほどの時間ではほんの一部分しか見学できなかった。本当は最低でも3時間くらい欲しいところだ。特攻戦士の遺書も多くあるがいずれも達筆である。かつては制服だけでなく筆やすずりも配給されたとのことである。当時の情勢から辞世の句も用意していたのだろう。
意外だったのは真珠湾に甲標的で出撃し捕虜になった酒巻和男氏の名誉が回復されていたことだ。いろいろな意見があろうが、日本が終戦後に国家機能も国歌も国旗も残ったのは多くの人間の貴重な犠牲のおかげである。
見学を終わり戻ってきたところに英語の冊子があった。残念なことに誤字脱字が多く、外国人に見せるのは気になるところで、早急に手直しして貰いたいものだ。かつて海兵では英語教育にも熱心であったと聞いている。
私が大学にいた頃は陸士海兵卒の先輩が多数おられた。みな背筋が常にピシっと伸びていて、結束力が強く、きちんとした(頑固とも言う)方々だった。そういう方々からお叱りを受けないように、パンフレットもピシっとしたものに作り変えるべきだろう。
最近クルーザーの調子が良いので良く乗っているのだがそのおかげで2台のマウンテンバイクの面倒をあまり見ていなかった。時間が出来たので久しぶりに見てみるとたいへんなことになっている。
一台目は、
で紹介したプジョーのマウンテンバイク(MTB)だ。これは20年前に購入したもので、TangeのクロモリリジッドフレームにフルSTXコンポの21速という仕様だ。重量はダイナモ込みで13kgとクロモリMTBとしては標準的である。
ただし、乗り心地が非常に悪いので、ステアリングダンパーとママチャリ用のバネ入りサドルをつけてある。久しぶりに空気を入れて乗ると後ろが左右に大きく揺れるではないか。見るとタイヤのスキンが裂けている。
このバイクではMTBタイヤ2本とスリック1本消費しており今回が4本目である。今まで生スキンのものが2本あったが、2年ほどで劣化してしまう。
選んだタイヤはPanaracerPaselaのサイドが黒ゴムタイプで、これなら5年は持つであろう。早速試運転してみるが、いつものようにシフトレバーの調子が悪い。STXコンポのシフトレバーは新品の頃から調子が悪く、数回分解して注油する必要があった。変速の節度も良くなく、廉価版のレボシフトの方がよほど上等である。
今回は変速ケーブルをシースからはずしてグリース処理下後に再度組んだが節度はあまり改善しなかった。それではということで、前後ディレーラーやギア、チェーンなどをケルヒャー高圧洗浄機のトルネードノズルで掃除してみた。
図のように簡単にきれいになったが塗装も少し剥げてしまった。ディレーラーのパンタグラフやバネ付近を念入りに洗浄し注油後に試運転に出かけると、変速の節度はほぼ新品の時のようになった。おそらくパンタやバネに詰まったごみがとれて動きがスムーズになったのだろう。
しかし相変わらずギアを低速に落とす節度が良くない。基本低速にシフトするにはより大きなギアにチェーンをかける必要があるので、ディレーラーは変速目的地点より最初にわずかにオーバーシュートして変速のきっかけを作る必要あるが、そのオーバーシュートの具合がうまくできていないのだ。
さらに前ディレーラーが動作しやすい位置に固定するとギアとの間が空いてしまっている。ギアに近く接地すると、ディレーラーが内側に動くときに後輪ステーにぶつかってしまう。どうやらSTXの設計はMTB用というよりはロードモデル用の設計を引きずっているようだ。
しかも雨が入るせいかSTXのシフトレバーに内蔵されている小さなカムの動きがすぐ悪くなる。STXが7速ということもあり次回トラブったらレボシフトにしようと思っている。
さて二台目は、
のMTBルック車(21速)で、12k円(送料込み16k円)という破格値で落札したもので、価格は実にプジョーの1/10以下である。現在ではこれの18速仕様が25k円以上で売られている。
この車が破格なのはこの値段でフルサスのオールアルミフレームという点だ。あとはVブレーキのアームやブレーキレバーもアルミ、ペダルの枠もアルミである。ディレーラーが前後とも廉価版Turnyだが性能には問題く、リアギアセットもSHIMANO製でレボシフトの節度はSTXよりむしろ良い。もちろんルック車の価格相応に安っぽいところもあり、たとえば前後ホイールのハブが鉄製でサビが出やすい。
実はWebmasterはこのMTBルック車がお気に入りだった。というのはプジョーは高価だったので町に放置するには盗難が怖く出番が少なかった。しかし、この価格なら盗難にあっても損害が少ないし、安物のフルサス(前は50mmトラベルのzoom製)は都会の凹凸が激しい道でも乗り心地が良いのだ。
久しぶりに乗ってみるとケーブルが中央のシース内で固着してリアが変速しない。
写真は修理後の状態だが、本来の変速のケーブルはフレームの形状に沿って下に行き、再度上昇した後にリアディレーラーに向かう。ケーブルがU字型をしているため、シース上部から入った水がU字の底に溜まりケーブルが腐食したのである。
写真ではケーブルの取り回しを水が抜けるように直線的な降下に改良してあるのがわかるだろうか。変速ケーブルをネットで探すと400円+送料であった。ところが、変速ケーブル付きのレボシフト7速用が500円+送料と安かったのでレボシフトごと交換した。
レボシフトも表示が改悪されていて、以前は変速段数が全て表示されていたものが、窓の中の見難い小さな数字で表示されるようになっていいる。前後の数字が見えれば現在の段数もわかるのに余計なお世話である。以前のものはゴムが早期に劣化するのでタイラップで固定していたが、今は対候性の高い樹脂に変更されていた。
もう一つの問題は前後Vブレーキの片方がタイヤリムを摺っていることだ。これは左右のテンションを調節するネジの部分が壊れていたからだ。しかも前後同じ部分が壊れていた。
ネットでは怪しい中国製のものがあったが今回はALIVIOのVブレーキに交換した。型番は前後用で違うが本体自体は同じ物なので、今回は前用を二個使用した。前後の区別はブレーキシューの向きが前後で異なる(支点より後ろ側が長くハの字型に開いている)ためで、シューの向きを入れ替える手間を予想したが付いていたシューが前後対称だったので入れ替えは不要だった。
元のものと比べALIVIOはブレーキも良く効く。しかしケーブルの曲線部分に雨が入るプアな設計は改善されていない。そこで、図のように前のゴムベローズを細工して、曲線部に雨が入らないように工夫した。
プジョーと同様にギア、変速機、チェーンなどを高圧洗浄し給油したあとに試運転していみると、このMTBルック車は相変わらず調子が良い。レボシフトはSTXの変速レバーより確実で節度が良く操作感も良い。何より一気に1速から7速に変速可能で中間のギアも正確に決まる。
市内で走る限り2レバー式のどこがよいのか理解できない。惜しむらくは小さな窓と見えにくい数字表示で早急に過去の仕様に戻してもらいたいものだ。
この車の重量は前サスのボトムケースは鉄製でダイナモ込みにもかかわらず16kgと以外と軽かった。タイヤはMTB用のままだが8年たって亀裂が増えているので近くスリックに交換予定である。
さて、現在の自動車業界はどうなっているのか?
久しぶりに世界的メーカーGのショールームを覗いてみた。過去はロード車、軽快車、MTBの3種類しかなかったが、現在はシリアスなフルサスのダウンヒル、前サス付きクロスカントリー、トレッキング、オンオフ両用、リジッドなクロスバイクやロードバイクに軽快車などとさらに分化している。
当初のクロスバイクはMTBのリジッドフレームに26x1.5のスリックを履かせたものだった。現在ではMTBに近いものからロード車に近いもの、またブレーキもVブレーキのものとキャリパーのものがあるなど多様である。
車体はアルミもスチールも製造法の改善で少し軽量になっているが、相変わらず通勤にぴったしのものが無い。ロードバイクでは歩道の上がり下がりの段差に不安がある。Webmasterのロードバイクも段差でパンクしたり車軸が折れたことがある。かといってMTB風のリジッドフレームでは中年老年の関節にビシビシ衝撃が来る。
現代都会の環境はジャングルより苛酷なのだ。とすれば廉価版のフルサスに26x1.5のスリックを履かせて軽量なものが都会のジャングルと戦うのには一番良いのではないか? 安物でもフルサスは格段に段差での乗り心地が良い。
以前は世界的メーカーGにも100k円以下の廉価版フルサスMTBは存在した。しかし現在はフルサスはダウンヒル用の高価で高性能なものばかりで廉価版のフルサス車は無いのである。コスト高と重量が重くなりがちのせいだろう。
自転車ユーザーの大半は町で乗っているのにもかかわらず、売っているのは過度に高度な車種だけという傾向がある。しかし高価なバイクには盗難のリスクがあるので、気軽に街中に放置して買い物というわけには行かない。
それとSHIMANOなどの大メーカーは数十年来自転車部品を作っているにもかかわらず、いまだに防水性や耐久性が乏しい設計が散見される。Vブレーキの曲線部のもその一つで入り口にゴムのベローズが必要だろう。
またディレーラーのパンタ関節部にも防水が必要では無かろうか。パンタ機構は発明以来殆ど進歩しておらず、TurnyからAcera、Altus、Alvioと種類が多いわりに能力差も無く、重量も30g以下の差しかない。たくさん種類を作り分けている割にプーリーにはどれもベアリングが入っていないなど、マヌケな商品ラインである。
総じて自転車業界はどんどん技術的に高度になっているのに一般客が欲しい製品はあまり無い。やはり商品ラインを一度整理しなおす必要があるように思う。
メーカーは必要以上に高度、高価かつ実用性、耐久性の乏しい製品をぽんぽん乗り換えて貰いたいのだろう。何となくターゲットがぼやけた業界ではある。
激烈な労働条件であった本年度も終わりほっとしたところである。さてH26年度の電力業界最大のニュースは大規模太陽熱発電所に対する電力会社の接続拒否であろう。どうしてこんなことになったのか、考えてみたい。
その前にトモヤドットコム発電所の自家消費、買電、売電データを見ていただきたい。
現在の電力プラン名は「よかナイト10」から「時間帯別電灯(10時間型)」という事務的な名前に変わている。条件は基本料金 1,188円 8-22時まで0〜80kWhまで22.5円/kWh 80〜200kWhまで29.72円/kWh 200kWh超過分33.59円/kWh 22時〜8時まで 10.29円/kWh で買い取り価格42円/kwhである。買い取り価格は変わらないが使用料金は200kWh超過では17%も値上がりしている。
差引の支払いは月平均で1000円代と無視できる。もし太陽光がなかったら支払いが月平均17000円以上になるのでローンを払っても余裕で黒字ということになる。
小規模の住宅用太陽光の先行きは不透明だが、買い取り価格が低くなると平行して設備費も安くなっているので、3kw以上が設置可能な屋根資産をお持ちの方には太陽光を強く勧めたい。
さて現状は資源エネルギー庁が昨年まとめた2030年度新エネルギーの見込みから大きく乖離している。
数字上は2014年5月末時点で認定済み太陽光の案件が全て稼働すると2030年度の見込みを超過する計算になる。新エネルギー(太陽光+風力+地熱)のシェアは2013年末の1.8%から何と10.5%に増加する。もしこれが本当なら現在停止している原発の半分近くが不要になっているハズなのだが。
しかし2014年3月で認可済みであっても完成していない発電所も多数あり、さらに各電力会社が難癖をつけて接続拒否を始めたので、実際はどうなっているかは解らない。ネットを探したが、マスコミも怠惰なものでどこにも現在の太陽光のシェアのデータが見あたらない。本当にマスコミというものは不勉強で役に立たないものだ。
そこで、元データーの資源エネルギー庁の電源種別発受電実績から独自に集計してみた。これは電力会社だけでなく連携した全ての施設のデーターである。、
H26年4月からH27年1月までの合計で新エネルギー(太陽光+風力+地熱)のシェアは2.8%で、2014年5月末認定済みのシェア9.2%に遠く及ばず、H25年から1%の増加に留まる。月次でもシェアが増加していないことから、H26年度は認定が降りている発電所の建設の多くがストップしていたことが解る。
その理由はやはり電力会社の接続拒否である。また認定をとったものの実体が無く着手すらしていないプロジェクトが多く、一種バブルの様相を呈していた。
また大規模太陽光発電所を建設して投資案件として販売している会社が雨後の竹の子のように増加した。その多くがH24年3月末に駆け込みして認定をとった。多くは借地に建設した発電所で年利回り10-12%、つまり8年から10年でペイするように価格が設定されていた。販売会社は設備費、ローンと管理費で儲けるシステムである。
現状のネット価格を調べると、たとえばパネル128kwで100kw高圧接続する設備価格は工事費込みで2500万程度、設置面積は50mx35m程度である。100kwのパネルが年間100000kwh以上発電するので、買い取り価格が29円/kwの場合収入は290万/年になる。これに借地料を仮に年10万とすると設備費全体が8年程でペイする計算だ。もちろん自分で機材を輸入し施工すれば6年程度でペイすることもできる。
さらに機器故障の保証や管理料などを払えば9年、約11%の利回りになる。通常のマンション投資よりやや良い利回りであり、マンションでは店子の管理が煩雑なのにくらべ太陽光の管理は簡単である。現時点での最大のリスクは窃盗団だろう。
電力会社側からの接続拒否の理由は電線が無い、電線や発電所の容量が無い、僻地で吸収できない、電力会社同志の融通の電線が細いとかだとか言っている。ただし連中の計算は原発がすべて再稼働した場合をベースにしている。もし今認定が降りた設備のシェアが10%になり、悪くすると数年でシェアは20%になるかもしれない。そうすれば原発は不良資産となってしまう。
原発再稼働の前に新エネルギーのシェア増加を抑えておかないと廃炉に膨大な金(500-1000億)かかる原子炉をかかえて電力会社がたち行かなくなる。個人的には電力会社は配電網を別会社に分割して上場し、その代価で古い原子炉から廃炉していくしか電力会社が生き残る道は無いと思っている。
さて太陽光の設備が小補修のみで20年持つとすると、太陽光の発電原価はkwあたり12.5円となり、すでに第二段階グリッドパリティになっている勘定である。ただし太陽光は夏期の冷房負荷には威力を発揮するが、冬期の天候不良時には能力が低下するので風力や地熱のシェアも増やす必要もあるし、蓄電装置の開発や電力会社間の太い融通網も必要になるだろう。いずれにせよ、このまま電力を電力会社に任せていては日本の将来は無い。
というわけで大規模太陽光の建設は難しくなるが、10kw以下の家庭用発電は今のところ制限は無い。上の上げたデータのように、太陽光はローン代を払っても黒字になる。しかも屋根が二重になるので、家は夏涼しく冬暖かくなる。
従って適当な屋根資産をお持ちの方は太陽光をお勧めする次第である。
報道によればアップルウォッチが発売されたらしい。なんと128万円もする18kモデルがあるというのは相当な驚きだ。第二の驚きは電池寿命がカタログ値で18時間しか無いことである。18時間といえば、webmasterの最初の携帯マイクロタックの電池寿命がその位だった。(画像はアップルへのリンク)
この手の製品はすでに$ONYや$UMSUNG、A$USなどから発売されて久しいが全く普及していない。多くの製品はblueteethを通じて会話やEメールなどの機能があるが、直接3Gで通話できるものもある。あとは天気予報やニュース、カレンダーや画像の表示機能、音楽再生機能があり、音声による入力や検索も可能というところが相場だ。
アプリで使用価値がありそうなのは心拍数や走行距離などのランニング中のログであろう。いずれにせよ親機としてのスマホが必要で、それをバックパックあたりに固定して走る事になる。
さて、ランニング中にあれば便利かもしれないのは通話やメールの着信あたりだが、通話にはblueteethのヘッドセットの方が便利だし、メール着信はスマホのバイブでいいのでは無いか?ランニングの記録自体もスマホのアプリに任せれば良いのでは無いか?
バッグパックに入れたくなければ、画面が3インチクラスのスマホをポケットに固定すれば良い。もし3.5インチのiphoneがあればウォッチなど必要ないであろう。うわさによれば4インチのiphone6Cが発売されると言う。小さめのiphoneが本当に発売されればアップルウォッチとバッティングするかも知れない。
どうしてもランニングなどの活動を記録する電脳小物が欲しければ、すでに多数発売されている機能が簡素ながら遙かに電池寿命が長いNikeとかMotionXの類でいいのではないか?
というわけで、残念ながらWebmasterにはどうしてもアップルウォッチでないと出来ない用途というのが思い浮かばないのだ。子供を監視できるドコッチのほうが遙かに存在価値があると思う。
それから電池寿命が18時間なので安心して使えるのは半日ということになる。この点、$ONYのSMART WATCH3やGALAXY GEAR、ASUSやZen Watchの電池寿命が二日は持つのに比べても短い。最後に出てきたのに一番電池寿命が短いということは、アップルが電池寿命の確保に失敗した仕掛品がタイムリミットで仕方なく発売された、とwebmasterは解釈している。
個人的にはすぐに改良されたバージョンが発売されるような気がする。なお充電には数時間を要するので、寝る前に間違いなく充電しておかないと翌日は使えなくなる。
今のiOSの実装のままでは電池寿命はさほど延びないだろう。もっと軽い実装にしなければいけないが、OSを軽くするといろんなマルチメディア機能のアプリを一から開発することになるので、しばしの時間がかかるであろう。ただし、バグ山盛りで毎回OSを出してくるほど気の短いアップルがまじめに新OSを開発するだろうか?
おそらくバージョンアップされるとしても小改良にとどまり、そのまま放置されるような気がする。過去アップルは何度も約束を裏切った。Webmasterも友人もcoplandが走るという約束でMacに内蔵する高価なPowerPCボードを買ったが、約束は果たされなかった。Mac互換機も一方的にうち切りユーザーとIBMやMotoなどの大メーカーにも損害を与えた。アップルがCPUをIntelに変更したのは、IBMやMotoがその遺恨のせいかアップルにCPUを供給しなくなったからである。
にもかかわらず、林檎の初物マニアは買うだろう。筋金入りのマッカーは半日の電池寿命にめげずに使うかも知れないが、一月も経たない内に使わなくなるような気がする。さて移り気なアップルが売れないウォッチを改良し続けるかどうか?
富裕層マニアも少数はコレクションとして買うだろう。確かにケースの加工は非常に高度なもののようだが、中身が同じで値段が30分の1、40分の1のモデルが存在するのに18k側だけに100万以上払うだろうか?男性が好む高額な時計や車にはそういう事情は無い。アップルは富裕層を舐めているとしか思えない。
巷には100万以上する機械式腕時計は珍しくない。それはネジを巻けばいつでも使えるし、定期的に注油やメンテすれば30年以上使えるだろう。うまく修理できれば100年持つかも知れない。しかしアップルウォッチは電池が劣化すれば終わりである。毎日充電すればすぐに電池は劣化する。今のところ電池交換やハードウェアのアップデートが可能かどうかも不明である。ハードウェアのアップデートが無ければ瞬時に陳腐化しタンスの肥やしになるだろう。高度な加工を施したケースも使われないのであれば意味が無い。
それと、ウォッチ自体の販売には電話会社が関与しないので販売店にはインセが発生しないし、アップルも毎月料金や通話料から一部をかすめ取ることもできない。結局はアップルは膨大な在庫をスマホと抱き合わせで処分することになるのでは無いか?
過去にステータスを見込んで著しく高価なプライスを吹っかけて失敗したモデルとしては、7,499ドルのスパルタカスがあるが、そうならないとも限らない。このモデルは12000台の限定モデルだったが販売不良で投げ売りされて予定数は販売されなかった。
少なくともアップルウォッチは改良され電池寿命が延びるまでは普及しないだろう。いや改良されても製品としては爆発的に売れることは無いように思う。アップルのケース加工にかける情熱は感じられるが、機能や電池寿命からはアップルの技術不足というか商売のネタ切れと言うか、あるいは高利益商売の限界が見えてきたような気がする。
今年も確定申告の季節がやってきた。子供が独立したので税額が上がるかと思ったが幸い大したことはなかった。
Webmaseterは大学卒業後ずっと確定申告を続けている。ひとつには税制に慣れること、一つには起業した時に役に立つと思ったからである。最近は国税庁確定申告書作成コーナーで簡単に作成出来る。
わが家は税務署まで2km以内なので、印刷物を直に税務署のポストに入れている。封筒は郵便物を裏返して作っている。税金払うのに余計な切手代も封筒代もかけない、とは自営の友人から習ったポリシーである。
確定申告作成コーナーも年々進化しており、煩雑だった株関係の書類を作成してくれる。コーナーが出来た頃は株関係の計算はしてくれず、またWebアプリも途中で反応しなくなったこともあった。リーマンショックの年の損失を利益から3年間差し引くために書類を苦労して作ったのが昔の話である。
最近の雑誌を読むとふるさと納税が流行だという。納税額は自己負担額を引いて税額から控除できので、自己負担額を超える謝礼品が貰えれば儲けである。さて何にしようか。
家族はやはりおいしい肉が食べたい、と言う。そこでふるさと納税なんでもランキングで謝礼品がリッチで近場の自治体を探すと、平戸市や小城市、伊万里市などなじみのある自治体が有利である。
問題は自己負担額で、これを2000円に抑えるのがコツらしい。自己負担額は所得や納税額で異なり計算が複雑だが、ふるさと納税計算シミュレーションで簡単に計算できる。
割の良い謝礼品は売り切れの自治体もあるが、自己負担額が2000円で納まる範囲で人気ランキング上位にある佐賀県小城市の「 満腹!超高級銘柄A5「佐賀牛」贅沢三昧セット(4kg超、JAさが提供)」をチョイスした。小城市は先日嬉野温泉と武雄温泉に行ったときに通った街で、羊羹も有名なところだ。
手続きは簡単で小城市の特産品のボタンを押していく内に申し込みが済み、カード決済も簡単に終わってしまった。数日して小城市から税関系の書類が届いたが、超人気につき納品にはしばらく時間がかかる、というような事が書いてあった。
その後一ヶ月ほどして忘れたころに4kgの肉がドカンとやってきた。
写真はその一部だが、冷凍室に入りきらずチルド室も一杯で、追い出された品で冷蔵室までが満員となった。わが家ではグルメが家訓で禁じられているのであまり良い肉を食っていないのだが、A5等級とは見たことのないほどのサシの入り方である。市価的には納税額の半額以上しそうだ。
さっそく料理だが、結論から言うとA5等級はステーキとしては柔らか過ぎる。通常の肉と違って、この肉はウェルダンにすれば縮むが堅くならず食感はまったく変わらないなのである。
個人的にはステーキはまずタマネギやガーリックを炒め、肉はソテーするように周囲を固めて肉汁を閉じ込め、後は日本酒で蒸し気味にしている。しかしこの肉でそうするとフォアグラを食っているかのような食感になってしまう。
スライス肉はステーキ肉よりは用途が多いが、野菜炒めに使うと野菜が吸収できない程の大量の脂が出てくる。一言で言えば、A5等級の肉は中産階級の家庭料理には向いていない!ということだ。
歯が弱ってきた高齢者には食べやすいと思うが、過剰な脂は健康には気になる。家族からも、次回はもっと等級が低い肉でいい! とか 肉以外のいろいろな産物も食べてみたい!、などの意見がでた。
今年の納税は来年の申告になるので、次回の買い物は来年になる。謝礼品の還元率から言うとやはり圧倒的に佐賀県や宮崎県などの自治体が有利で、ランキング上位を争っている。毎月いろいろな産品を送ってくる自治体もある。
米国ではコンサートやミュージカルのチケット販売のときに、寄付額を指定できるようになっていて、税金から寄付額を差し引くことができる。これは税の使い道を納税者が直接指定していることと等価だ。
適当な産品な無い自治体に不利であるとかの問題があるが、納税者の意志で納める自治体を選べる点、また納税者が確定申告に馴染みができるという点でふるさと納税は評価できる制度だと思う。そもそも欧米では現在は源泉徴収というシステムが無いのだ。
今から来年の謝礼品選びを楽しみにしているところである。
謹賀新年 今年もよろしくお願いします。
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新年より仕事が山積でやっと落ち着いた所だ。さる1月10日にはプリウスを5年車検に出した。
その前準備としてHIDとリアライセンスLEDをオリジナルのランプに交換した。昔KP-61やSAC-22で当時非公認だったハロゲンランプを車検の度にシールドビームに交換していたことを思い出した。プリウスの右側ヘッドランプ交換には吸入管をはずす必要があり、やっかいな作業である。
走行距離は379947kmg(トリップは5桁表示)で新車からの平均燃費は22.0km/Lと出た。4年半点検時が22.2km/L、3年車検時が22.9km/Lだったので僅かずつ低下している。17インチタイヤへの交換で速度計誤差が+10%から+6%へと4%小さくなっており、燃費の見かけ上の低下はタイヤ円周の変化で説明は付く。
改めて現在最高の省燃費タイヤGT-3と、それと同じ程度のNVHになるように空気圧を設定した17インチパフォーマンスタイヤの燃費差は殆ど無いということが証明された。最近はさほど燃費を意識せずに走っているが、HVシステムの経年変化も5年では燃費には現れない程度のようだ。
プリウスの車検費用は割安なので、今回も点検パッケージに入った。ディーラーは、延長保証のツクシプランは5年目から急に値段が3倍に上がるのでお奨めしない、とのことだった。これをどう解釈していいかは解らないが、新車時から点検パッケージに入っていることで、重大な故障時にはゴネる材料にはなると思う。
今回はオイルを新車時の0W-20から5W-30に変更して貰った。取説にも5W-30が指定されているせいかディーラーは特に抵抗しなかった。個人的には、
1)オイル粘度が燃費にどれくらい影響するか?
2)エンジンのガサツな音が少しは静かになるか?
を知りたかったからである。ちなみにSAE規格の低温側は
0W 3250mPa/s -30℃、6200mPa/s -35℃
5W 3500mPa/s -25℃、6600mPa/s -30℃
と低温で堅くなるが、0℃以下にならない当地では始動時の粘度は問題にならないだろう。
一方、高温側は100℃での動粘度cStが、
20 5.6-9.3 計算上の中央値7.45
30 9.3-12.3 計算上の中央値10.8
と動粘度が中央値で45%も上がることになる。0W-20の粘度低下による潤滑性の低下対策として有機モリブデンなどが投入されているが、当地のような温暖地では5W-30の方が適しているのでは無いか?0W-20はカタログ値に効くが実用燃費にはあまり効かないのでは無いか?
またプリウスのガサツなエンジン音はオイル粘度が低いからではないか? エンジン音が大きいとエンジンのON-OFFでの騒音差も気になる。190Eでは5W-30から10W-40に変えることでエンジン音が静かになりブローバイも減ってエアクリーナーケースやインテイクの汚れも減った経験がある。
交換してみると予想通り、というか当たり前ではあるがエンジン音は明らかに静かになった。チャラチャラとした金属音が減って籠もった感じになった。今のところ始動性や暖機時間、ガスペダルの反応には差は感じない。
問題は燃費だが、評価には時間がかかりそうなので半年後に報告したい。おそらく数字に出る程の差はなかろうと予想している。
さてエンジン音が静かになると、内装からの低級雑音が再度耳に付いてきた。内装の立て付けは樹脂の嵌合が増えたせいかクラウンも含めトヨタ車全体で劣化しており、プリウスの立て付けもバブル期のカローラSE(E9)に遠く及ばない。
そういえば本日の読売新聞の報道によると、今年秋に発売される次期プリウスでは、
「ハイブリッドシステムの性能を高めるとともにエンジンの燃焼効率を向上させる。樹脂素材を多く使うほか電池の小型軽量化も図り、車体重量は現行の約1600キロから100キロ程度軽くなる模様。最も燃費の良いモデルは、現在の32.6キロから40キロに伸びる見通し」
だと言う。軽量化が徹底したプリウス30よりさらに100キロ軽くなるのは驚きだが、おそらくリアゲートの樹脂化が効くのだろう。しかしせめて内装はもうすこ異音が出ないように組んでもらいたいものだ。
デザインは屋根が丸く後端がより高く、ライトがリアウインドの左右に付くようだが、現行でも問題の後部視界はさらに悪くなりそうだ。デザインも全般的にダルになりそうである。次期プリウスに更新するかどうかは解らないが、買うならトラブルが解決されたマイナーチェンジ後にしたい。
なお、昨年追加したボディーの純正補強材のネジが緩んでいないか点検してもらったが、緩んでいないとのことであった。ネジが僅かでも回転した可能性があるので、再度サブフレームを含めネジ留め部分や板金の重なりに透明ペイントのスプレーをたっぷり吹きかけた。エンジンのマウントなどの締結部にも隙間を埋めるようにスプレーを十分にかけた。
ペイント処理と補強材の効果は十分で、道路の段差でも車体全体が一体となって跳ねる印象になっている。やっと満足の行く剛性になったことは喜ばしいが、先日試乗したWRX S4は初期型にもかかわらず新車時から十分な剛性感があったし、内装からの低級音もしなかった。
以前から欧米での衝突実験で、スバルはボルボと並んで優等生である。常に平均的な衝突性能にしか過ぎないトヨタとは最初から車体の作りが違うのだろう。馬力アップの危険性はアイサイトの効果で有る程度相殺できるかもしれいない。
WRX S4の300Ps+AWDの魔力に飲み込まれそうなwebmasterだが、車体剛性がしっかりしてエンジン音も静かになったプリウスも悪くない。巷に増えてきたアイドルストップ車とはエンジン始動のスムーズさや騒音には格段の差があり、エンジニアリングや燃費の差も依然として大きい。
今しばらくはプリウスの経年変化とオイル交換による燃費の違いを見守り続けるつもりだが、いつ心変わりするかは解らない。