気になる本 / (2)
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3.【 音楽有愁 '06/01/12 】 [拡大画像あり]
音楽有愁
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目次に 「ピアノの音色」 という文章があります。
私自身以前から 「スタインウェイの音はいいですよね」 といわれると相槌を打つのにとても困っていました。 というのは今まで出会ったスタインウェイは千差万別で、「これがスタインウェイの音だ!」 というようにひとつに限定できないのです。
著者のスタインウェイに対する見方を読むと、あらためていろいろな意見があってよいことに安心します。もっとも “私の立場” からするとそれぞれの音がそれぞれの持ち主に受け入れられた 「良い音」 であってかまわないし、私の意見が優先するとは思っていません。 かつて私がまだスタインウェイに慣れていないころ  “なんてあばれる楽器なんだろう” と感じていました。 でもその点が、それだけいろいろな仕上げ方のできる楽器である秘密ともいえるし、それだけにメンテナンスの仕方で良くも悪くもなる楽器ともいえるのでしょう。 また著者がピアニストである奥様と調律師を平等に眺められていることは、とてもありがたいことだと思います。 「音色」 とその国の文化とのあいだには深い関係があるということも共感できるし、そのあたりを “私の立場” である調律師の責任として仕事に反映できたらなと思っています。
4.【 キリシタンと西洋音楽 '06/01/17 】 [拡大画像あり]
キリシタンと西洋音楽
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以前から日本人が最初に鍵盤楽器にふれたのはいつだったのか知りたいと思っていました。 きっかけとなったのは 「安土往還記」 という本を読んだことで、そのなかに織田信長が西洋音楽を聴くシーンが出てきました。 それでキリシタンや天正少年遣欧使節が持ち帰った楽器がその答えをだす重要な手がかりだと思い始めました。
「安土往還記」 はもちろんフィクションなのですが、きっとどこかにそのような場面を想像させる資料が存在するだろうということに興奮し、しばらくはフロイスの 「日本史」 にも興味を持っていました。 最近は 「完訳フロイス日本史」 という 「信長と・・・」 とか内容が整理されている本もあるらしいのですが、とにかく内容が膨大なため、当時必要な部分だけさがすのは無理と感じてさっさとあきらめてしまいました。
それから数年して、「秀吉が聴いたヴァイオリン」 という本を見つけたときは、“復元してしまう” というパワーに感動しました。
この 「キリシタンと西洋音楽」 には、信長のことはともかく、少年たちが秀吉の前で演奏するにあたって秀吉が退屈しないよう、そこそこで演奏をやめたのに対し当の本人は何度もアンコールをしたことが書かれています。 それと驚いたことに、三味線もこのころ日本に渡ってきた楽器であるということ。 キリシタン禁制後も西洋音楽が近世邦楽に与えた影響が認められることなど。 う〜ん、勉強になりました。
「安土往還記」 を読んだのは20年以上前ドイツにいたころ、この本を買ったのはおとといのこと。 こんなとき、だれかが私のためにそっと、古書店の棚に答えを用意しておいてくれたように感じます。
5.【 ぼくの音楽 ぼくの宇宙 '06/01/26 】 [拡大画像あり]
ぼくの音楽 ぼくの宇宙
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ここのところちょっと風邪をひいて、大学病院に通って点滴を受けていました。
この本は形も小型で薄く、簡単に読めそうだったので、ストレッチャー(移動用のベッド)に寝ながら点滴中、チューブのつながっていない方の手に持って読んでいました。
この本は78年発行、やっぱり先日古書店で入手しました。
口述を文章にしたようなので、ストレートに彼の考えが伝わってきて、ずいぶん疑問に思っていたことが解決もしたし、確認もとれました。演奏者がしたいことができるように道具を整備するのが私の仕事、今後とも仕事に生かせることが沢山ありました(いまさらこんなことをいってる不勉強ぶりが恥ずかしい)。

音楽をやるのは聞き手と自分の間に美を創ることで、そうするととても深いレベルで心がかようようになる。
「これから音楽体験をいっしょにするんだよ」 という同意だけで、普段のならわしになっている挨拶とか、相手のことを確かめたりしなくてもいいし、乗り越えるのに何年もかかるような障害物が一瞬にして崩れ落ちてしまうんだ。・・・と、

「生演奏の価値って何?」 て聞かれたら、「チック・コリアはね〜、こんなこといってるんだよ〜」なんていいそうだわ。
一冊読んだくらいでそれって許されちゃう?
6.【 ピアノの不思議 '06/02/05 】 [拡大画像あり]
ピアノの不思議
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先日買った古書をご紹介します。ずらっと並んだ本の中で 「ピアノの不思議」 の背文字が目立ってました。 見かけたのは2度目で今回はタイトルになっている 「ピアノの不思議」 のところを読んで買いました。
著者によれば、コンサートの当日弾くピアノが100%自分の思いどおりであることはめったにないことで、そんなときは100%そのピアノを受け入れることから始めるそうです。思い通りでないという部分については「それは調律師の方に注文をつけるというような次元ではない」もの、そのピアノの「性」のようなものでそれを受け入れることで、ピアノもそれに答えてくれるようだ、と書いています。
この本とは比べようのない次元の話ですが、私の立場でも“ピアノを受け入れる”ことが大事だなぁ、と思っています。
前々からですが調律するとき、あるいは調整のとき、どうもピアノに技術を押し付ける、つまり言うことを聞かせようとすると、あまりうまくいかないようです。原因は“言うことを聞かせようとする態度”だと、各楽器がほんの少しずつ違っている点を見逃すからだと思っています。それと、どうも楽器というものは、作る側の人(出来上がってから調整・調律する側の人も含む)が、常に勘や経験を通して 「良かれ」 という方向を考え・見つける余裕がないとうまくいかないんじゃないかとも思っています。
この中で著者は 「ピアノはモノではない、ピアノには“意志”があると思う」 と書かれていますが、ひょっとしてその 「意志」 と 「良かれ」 と思う気持ちと関係があるんじゃないかと思っています。

― コメント ―
いつも感じるんですが、康之助本当にピアノを愛してらっしゃるんですね。
確かにピアノには意思があるんだと思います。
私はJAZZだし、クラッシックは小さい頃お習い事程度しかやったことはありませんが、お店によってピアノの感じ方が全然違うし、私の家のピアノも2台あるんですが、お互い違う気持ちで接しています。
ただ、平等に弾いてあげないと、ヤキモチを焼くんでその点だけは気をつけています(笑)。
2006/02/06(月) 07:47:17 カラス
この本にとても共感します。
ピアノには人格と同じように持って生まれたものがあるものと思います。それでもそのピアノにとって一番良い状態になっていれば弾く側は、ピアノと対話しピアノと歩み寄ることが出来ます。そしてそこからはピアニストの腕にかかっていると思います。
これは人と人とのコミュニケーションとまったく同じことと思っています。(相手を受け入れることから始まる)
また演奏を聴けばピアノが悪いのかピアニストが悪いのか良く分かります。この場合は気づいていないピアニストは多いようですが。
人もピアノも愛情を持って聴く耳を持てば良い関係を築くことができると私は思っています。
良い本の紹介をありがとうございました。2006/02/06(月) 09:34:49 moco
カラスさん、どうもです。レスが遅れてすみません。
いやぁ、ピアノを愛しているといわれると・・・テレますなぁ。
カラスさんこそ「2台のピアノ、平等に弾いてあげる」ってのはそれこそ、おやさしいことです。2台あっても結局どちらかしか弾かなくなってしまった例ばかりを見ているものですから・・・、考えを改めなくっちゃ。2006/02/09(木) 03:15:04 康之助
moco さん、どうもです。レスが遅くなってすみません。
「ピアノとピアニストの二人三脚」といったようなものでしょうか・・・。
その片方・ピアノの「一番良い状態」は技術者におまかせの場合が多く、そのあたりの責任はおもたいなと改めて感じます。2006/02/09(木) 03:32:04 康之助
追伸 :「調律が終わると、私のピアノではなくなってしまうので、調律師が帰るとしばらく本気で弾き込む・・・、そうするとまた私のピアノになるのよね」といわれたときに、「音の鳴りが変わると違ったピアノに感じるんです」 ・・・とか答えたことがありました。
最近以前の自分を思うと「なんて頭が固かったんだろう」と思います(ボブ・ディランの歌もありましたな)。今回この「ピアノの不思議」を読んだらすんなりと浸透してきました。もっとやわらかくなるといいなぁ、あたま(でも限界超えないでね)。2006/02/09(木) 04:27:49 康之助
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