技術関連の日記 / (1)
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1.【 Kunst des Klavierstimmens = 調律の技術 '06/01/30 】 [拡大画像あり]
Kunst des Klavierstimmens
  引越しから1年、まだ手付かずだったダンボールから引っ張り出してきました。1872年の本なので、本自体の紙の変色もありコピーも読みにくいのですが、スキャナーで調整して読み込むと見やすくなることを発見しました。

私のドイツ語はかなりあやしくなっています・・・が、表紙に「調律師、ならびにピアノをお持ちの方々の自習のため」となっているように読めます。

これだけ読んで「この時代はピアノの持ち主は自分で勉強して調律していた」と思ってしまうのは誤解でしょうね。 持ち主にはピアノについての知識を深めるといった意味でしょう※。 この時代の一般的な調律がどのようだったのか確認できたり、調律師にとっては当時どんな手順で調律していたのか興味がわくかもしれません。
工具の挿絵
読むのは大変なので、このての本は中の図で楽しんでいます。 図を載せておきます。 調律師の人は楽しめるかも〜。 これなんでしょう?

※追伸:上のように記事をまとめてみたのですが、図の弦を見ても現代のピアノの弦から見るととても細くやわらかそうで、まるでチェンバロの弦のようです。その他にもいろいろ疑問がわいてきます。

「調律の対象の楽器はピアノなのかチェンバロなのかどっち?」
「ハンマーの図があったのでピアノのことだと思い込んでいたけど・・・」
「鉄骨は入ってないにしてもこんなに弦が細いかなぁ?」
「この本が書かれた時点で、一般的に相当古い楽器がたくさんあったとか?」
「フォルテピアノ?」
「チェンバロなら今でも自分で調律しているし・・・」
「この頃のピアノは持ち主も調律していた?」
「職業調律師って、まだとても少なかったとか?」

やっぱり、きちんと読まないといけないようです。 その時代のピアノも想定しないと、技術の内容が現在と相当違っていて、読んでもチンプンカンプンだったりして。 う〜む、はっきりしたら記事を差し替えなくっちゃ。

― コメント ―
図を見ているだけでも面白そうですね。技術書は沢山読んだつもりですが、読み返す度に何か新たに発見することもあるので、行き詰まると読むようにしています。この本は表紙の文字だけで難しくて逃げ出しそうですが、きちんと読めると楽しそうですね。
個人的には玉造りの治具が面白いです。 2006/02/02(木) 07:05:12 sakuza
sakuza さん、どうもです。
ピアノがある程度の形になるまで、たいした測定器もなくて、耳とか勘とか経験とかが頼りだったと思うんですよ。そういったものが古い本から得られるというか、想像できるといいですよね。たしかに進む方向を判断する道しるべになるかも。
このての図ばっかりで工房用のテーブルクロスとか、Tシャツとかってどうかしら。
一番上の左の高音用のウェッジ(どう見てもそうだと思うんですが)、真ん中の部分を金属でつなぐの、昔からあったんですね。最近のアイディアだと思ってました(笑)。 2006/02/02(木) 10:44:06 康之助
珍しい本ですね。Freidlich Voigtさんはどんな人だったんでしょう?
ところで、Kraus Fennerが亡くなったのはご存知ですか?あと、少し前になりますが、Scheibleさんも亡くなりました(自分はどこかですれ違った程度で習いませんでした)技術継承は責任を持ってして行かないと・・・。と思う今日この頃です。
そういえば、駒の写真近いうちにアップしますね。 2006/02/04(土) 11:01:02 M.K.
M.K.さん、どうもです。Freidlich Voigtさんは、資料がありません、なんとなくどっかで聞いたような気がしますが。
クラウス・フェンナーは当時日本人嫌いで、マイスターシューレの仲間でご自宅に行こうとしたときに遠慮しました。韓国メーカーのカタログにうれしそうに載っているので初めて顔を拝見しました。
Scheibleさんてだれだっけ?教科書を書いたライブレさん?のことかしら?
「技術継承は責任を持ってして行かないと・・・」・・・私もそのことを考えているのよ。
もともと調律師の仕事を作り出したのはヤマハ・カワイ・・・といったピアノメーカーががんばって世の中にピアノを普及させたからでしょ、そのピアノが売れなくなった今、調律師はもっと自立していかなきゃならないと思う。そういう意味でもメーカーのアフターサービス色の濃いマニュアルみたいなもので養成されるんじゃなくて、音楽の現在や歴史といった中でわれわれの仕事を考えるとか・・・って、もっと必要だと思う。それが私のテーマでもある(笑) 2006/02/04(土) 19:30:59 康之助
ごめんなさい。シャイブレさんは生きてます。亡くなったのは教科書を書いたLeibleさんです。
この二人、名前が似ているのでいつも間違えます。ちなみにシャイブレさんも、Meisterschuleの先生で、今も教えてます。 2006/02/05(日) 08:34:29 M.K.
マイスターシューレ、私の次が伊藤さんでその次がM.K.さんだったっけ?その後楽器店の息子さんが取ったよね(名前出てこん・教えてください)。○○さんは取る気ないようだし、そこで止まってるのかな?
ライブレさんは、私たちで授業最後でしょう、たぶん。楽しい人だったよ。クニッペルとか、ブルグマンの授業あった? 2006/02/05(日) 14:44:11 康之助
Ludwigsburg(のマイスター・シューレに通ったのは)自分の前が、大阪の楽器店の息子さんの安田さんです。今、Duesseldorfで自分のお店をやっていますよ。
Hr. Knippelは授業ありました。音響学と様式学等、暗記しなければならない授業が彼だったので、色んな意味で印象深いです。
後は、Hr. Menrathが数学で、Hr. Herdmannが材料学と製図でした。彼は、Meisterschuleの先生をする前は、Pfeiferの工場長をしていたので、実技的な実績が伴っていたので色んな事に説得力がありました。実技は、名前を間違えてしまったHr. Scheibleで、彼はBechstein 出身で、今、BDK(ドイツピアノ製造者協会)でも色んな事をされているようです。
早い物で、僕が試験をしてからも、既に13年経とうとしてますよ・・・。康之助さん→伊藤さん→安田さん→M.K.の後、誰か試験を受けたかどうか、僕もよく知りません。日本人女性が去年学校に行っていたような噂は聞いてます。 2006/02/05(日) 20:03:42 M.K.
M.K.さんありがとう。私が試験をしてからもうすでに22年だもんねぇ。
私のときは1年になって最初の年、その前は半年だったから、それを延ばして使ってたようなところがあったっけ。安田さんの後だったら、図面はグランドピアノでしょ?そのうち私のときの資料を公開するかも。プリントなんか薄くなってもう消えてるかもしれないけど。M.K.さんのときはどうだったかしりたいな、比べると面白いかも。コメントいれてくださいな。 2006/02/05(日) 21:17:33 康之助
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