ゼークトの主張


ゼークトにはいくつかの著作があるが、1923年11月頃の心境として「私の人生から」で次のように述べている。

私が現在の職にある限り、ドイツの救済は極端から極端へでは決して成し遂げられないことを言い続けた。外国からの援助でも革命からでもない。左右どちらのものだ。ドイツの救済は勤労により黙々とした努力により執拗に追求されることによってのみ達成される。これは現行の憲法の枠組みのなかによってのみ可能だ。

この原則を踏みにじることは内乱を意味する。そのような内乱のなかではすべてのグループが勝利できない。それは相互の破滅となって終了する戦いだ。30年戦争をはその好例を提供するだろう。

ゼークトの観点が極めて歴史から発生していることがわかる。

ところが、ゼークトまたその後の現代人が見逃している点がある。この時ドイツ経済は極めて好調だった。ドイツ(おそらく日本も)は生産能力過剰による不況に遭遇しなかった。インフレの結果もあるが、ドイツ製品は極めて強い競争力を有していた。メルセデスベンツ700番台モデル・スーパーチャージャーはおそらく1930年代最良の車だった。

ユンカースを始め、全世界にドイツの飛行機が飛んでいた。つまり、政府に金はなく、インフレに苦しみ、巷に失業者があふれ、天文学的な賠償を背負わされていても、世界におけるドイツ製品の令名が傷つくことはなかった。重工業の中心は完全にこの時、英仏からドイツに移った。

よく第2次大戦以降の(西)ドイツ経済の発展をラインの奇跡と呼ぶ。しかしこれはワイマール共和国の時代に既に達成されたことが目に見える形で実現したにすぎない。

ゼークトはこういったドイツ経済の比較優位性がドイツの救済とはみなかったようだ。これであれば、確かに勤労と黙々とした努力で達成できる。ゼークトの本当の目標はドイツ東部国境の回復と英仏の軍事的打倒にあった。この目標だと、ヒトラーの脅迫または軍事力の行使の方がわかりやすかったのかもしれない。

ゼークトの軍事思想

上記のゼークトの政治思考は理解しやすい。むしろ軍事思想の方が矛盾を孕んでいる。ゼークトは第1次大戦では、主として東部戦線に配属され、マッケンゼンとともに転戦した。

ゼークトの本領を最も発揮したのはゴルリッツ突破戦である。この時ゼークトは従来にない斬新な方法を導入した。すなわち奇襲性の重視と、敵の弱点への攻撃である。弱点への攻撃は当然と思われるかもしれない。しかし日露戦争でも乃木の第3軍は旅順要塞の最強地点を攻め続けたことを想起して欲しい。この後でもイギリス軍はソンムで敵の強化地点に波状攻撃をかけている。

ドイツ軍事学も戦術的には最強地点を攻撃することを教えている。これをゼークトの作戦は重点そのものを敵弱点の方に移行させている。ただ、これは後の浸透作戦にもつながる考え方だが、攻撃が多点でなく一点であり、この面が欠陥だった。すなわち奇襲性が得られないとなかなか突破が難しく、また攻撃後は奇襲性を確保できないから、敵の戦略予備の運用が巧みだと、楔状の不要な突起を作って終わってしまう。

名将と言われる人も生涯で多数の方法を案出することはできない。

あらゆる行動は奇襲に基礎をおくべきである。奇襲なくては偉大な成果をあげることは不可能だ。」「戦略予備は成功の得られた場所へ、それを拡大するために投入しなければならぬ。たとえそれによって最初の攻撃の重点が移動することになったとしても構わない。」…一軍人の思想より

これがゼークトの統帥の第1義であり、ゴルリッツから変わることはなかった。そしてこれがドイツ軍事学の限界なのだろう。またゼークト攻撃理論を裏返せば、防御側は奇襲を防止し攻撃側戦略予備の動きを制限すればよい。(攻撃側の発起点における戦線を長大化させ、横1線に満遍なく配置させればよい。)

これを逆手にとったのが上海攻防戦の日本軍である。ゼークトは蒋介石に軍事顧問として派遣され、日本軍撃破の秘策を授けた。

日本軍を挑発し攻勢に出させることだ。そうすれば奇襲を避けることができる。上海全周に塹壕とトーチカ(強化された機銃ポスト)をめぐらし、そこに日本軍をおびき寄せ、攻撃させ、撃破すればよい。それには日本軍の黄哺江沿いの上陸は放置し、呉淞クリークで防ぐことだ。戦線が長くなることは歓迎である。

ところが旧軍はこういったドイツ軍の思考方法をドイツ人よりよく知っていた。わざわざ戦線を拡大し、できた突起部にたいし多点をもって浸透戦術で突破を計った。この方法にたいしドイツ軍事学は連合国の最終攻勢と同じく対抗策を持ち得なかった。中国軍はカポレットー的敗戦をこうむり、ほとんど南京城外にかけて殲滅された。

ゼークトはまた、機動戦が馬によって担われることも疑わなかった。

騎兵の役割は、よく訓練され、また近代的に装備されたものであれば、その寿命が尽きているわけではない。」「その長い槍は、未来の風のなかで、ペナントをかざして燦然と翻るであろう。

この点ではボヘミアの伍長の方が近代的だった。

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