狙撃
狙撃は古くからある戦争の手段だが、第1次大戦では非常に多用された。これは戦線が異動しないため、他に戦争手段がなかったためだろう。
西部戦線では、『異常がない』地区でも狙撃は実行された。ある狙撃手は「狙撃は誰にも自分たちが戦争に参加していることを思い出させる。もし狙撃がなければ、両軍の兵士は塹壕の胸壁に並んで腕まくりしているだけだ。これでは戦争でない。」という。
通常狙撃は二人のチームで実行される。一人が打ち手でもう一人が観測者だ。また狙撃手に敵は容赦しないから、後方で歩兵小隊が待機することすらあった。射手は相当の訓練を要する。まず数時間の待機に耐えられる精神と肉体、また無抵抗の人間を射殺できる神経だ。
カナダ狙撃兵
そして、狙撃手が射撃訓練をよく積んだ専門者というのは必ずしも真実ではない。イギリス軍ではある野戦厨房のコックが打ち手だった。同僚によると、戦果が上がった日のほうが料理の味がよかったという。ガリポリで最も成功した狙撃手のオーストラリア人で軽騎兵のビリー・シンはトルコ兵150人を射撃、命中させた。しかしついたあだ名は殺し屋だった。
使用する小銃は通常のものと変わらない。ただしスコープがつくので、違ってみえる。カナダの制式小銃ロスは耐久性が劣り、塹壕での小銃としては失格だったが、狙撃銃としては好評だったようなケースもある。
証言
R.A.シェル… 1915年9月始めての狙撃経験について
15分間,ドイツ塹壕をみつめていた。銃の安全装置ははずしていた。地面の向こうから軍帽をかぶらない頭がみえた。あたりは明るく、この目標をはずすことはないと確信した。しかし引き金を引くことができなかった。
そ のような据えものを冷徹に射撃するにはわたしが所持していないもう一段の勇気が必要だったのだ。好機を逸したあと、目標は下に行き見えなくなった。そして任務との関係について自問してみた。そうだ、もう一度目標が現れたなら、気後れすることなく撃とう。
この仮説にたって実行することそのものが任務だと考えた。
2分後目標はまた現れた。わたしは任務を遂行した。戦争前から射撃手として訓練を受けていたから、目標が即死したことは簡単にわかった。翌朝再度、ドイツ兵を射殺したときは恐ろしいという感情はもたなかった。どうしてこの違いが生じたのか数日間自問したのを覚えている。
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