のみ・しらみ・ねずみ
しらみ
大多数の兵士はのみ・しらみ、とりわけしらみに悩まされた。戦後経験のあった兵士は薄い黄土色をして、噛むと赤いあとが残りすぐ全身にまわる、と書き残している。そしてむずがゆく、あとは臭いが残った。いろいろな除去方法が試みられたが最上とされたのは、ローソクであぶるという方法だった。しかし服を焼かずに、しらみだけ焼くというのは運動神経と経験を要した。
軍はしらみ対策として、首までつかるたて型のバスタブとその間に服を消毒する機械を設置したが、成功しなかった。しらみの卵までは殺せず2・3時間あとには人間の体温が卵を孵化してしまう。
またしらみはかゆいだけでなく熱病の原因となった。症状ははじめ向うずねに激痛が走りその後発熱が続くというもので、死ぬことはないが、入院を要する病気だった。
証言
グレゴリー、H.第119機関銃小隊…戦後インタビューに答えて
「塹壕に着いたときびっくりしたのは、紅茶を飲んだあと皆シャツを脱ぎ出したことだ。しらみをつぶしているのだ。まだしらみを一度も見たことがなかったが群れをなしていた。皆爪で殺していたが、見ていたら『そのうち友達になれるよ。』といわれた。そうして1時間もしらみ殺しと体を掻いていた。だがすぐその仲間にはいり1時間の日課となった。殺しても殺してもつぎのやつがとって代わるんだ。
ある晩歩哨が終わって、地下壕に戻ったら、友達のジャックが突然上着もシャツも脱いで、もう我慢できない、と叫び始めた。ベッドに座ってシャツを裏返しにしてみたら、しらみがビッシリはりついていた。」
ねずみ
兵士が戦死したとき原則としてその場所で埋葬された。このため塹壕の崩落があったり新しい塹壕が必要となったとき、大量の原型をとどめない死体が表面のすぐ下から現れた。これらの死体と食べ残しの食料がねずみを発生させた。ある兵士は塹壕のねずみはとにかく巨大で人間を恐れないと語っている。
しばしば、ねずみは傷病人を襲うし場合によってはポケットの上からビスケットを齧る事すらあった。放置された死体にはかならず2・3匹のねずみがとりついていた。ねずみは始め眼球を食いつくしそれから体内にはいる。
ある兵士はパトロール途中の出来事を描写している。数体の死体がころがっていた。死者のオーバーコートから突然巨大なねずみが飛び出してきた。人肉を食って太ったねずみだ。その死体の縁を通ったとき胸がたかなった。ヘルメットはすでにどこかに転がっていた。その死体の顔は恐ろしかった。肉は削げ落ち頭蓋骨が露出していた。眼窩は空虚でと思ったとき突然口からねずみが飛び出してきた。
証言
コパード…初年兵 「機関銃をもってカンブレーへ」から
数十万の兵士にささえられてねずみは生息していた。我々が前線の仮眠所で寝ていると上を走り回り、遊びだしなかには交尾するのもいた。とにかくキーキー鳴きっぱなしだ。塹壕生活にごみの収集システムは存在しない。数百万の空き缶が捨てられて両方の塹壕の外に投げられる。そうして数百万のねずみが空き缶を漁る。静かな夜には空き缶の転がる音が絶え間なく聞こえる。激しい砲火のなかでねずみはどうしているのだろうか。毒ガスにも耐えるのだから、生存本能でなんとかしているのだろう。
ビーズレイ…1993年インタビューに答えて
もし食事を残せばすぐねずみが食らいついた。ねずみはなにも恐れない風だった。ときどきはこの薄汚れたけだものを射殺した。でも軍曹にみつかれば弾薬の無駄づかいで処罰された。
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