突撃
突撃に当たりホイッスル(ビューグル)が吹かれ、『ゴーオーバーザトップ』の掛け声で一斉に前進するというのは第1次大戦のイメージで最も普及しているが実際にはあまりない。
より一般的には夜明け前、匍匐(ほふく)前進である程度気付かれずに距離を稼ぎ、薄ヤミで一斉攻撃のとき立上がるという手段がある。実際はこの方法でほとんど第1線壕は占拠できる。しかしこの後が問題だった。
問題には砲撃と敵の予備隊が絡んでくる。まず準備砲撃を入念に実施すると、敵は攻撃が近くにあると察知する。このため防御側は補助壕に潜み、最初は機関銃で無人地帯の敵をたたき第1線壕に立てこもる敵をあとで始末すればよい。
ところが攻撃側は第一波の襲撃部隊の規模を拡大し、かつ防弾服やヘルメットで強化しまた白兵戦に強い部隊を用意してこれに対抗する。するとある地域の前進壕すべてが攻撃側の手に落ちる。だがここから防御側は砲撃で対抗し出す。
照準は自軍の前進壕だからすぐ合う。そのうえ攻撃側は敵地だからどこに地下壕があるか掩蔽施設があるかわからない。このため砲撃に弱い。当然攻撃側は攻略した地点に兵を集中するが、左右から機関銃射撃を受け前面からは砲撃を受けるという事態に直面する。
重機関銃
攻撃側の被害が増大するうちに防御側の戦略予備が到着し、攻撃側を一掃する。
攻撃側はこの問題の打開のため、前進壕全体に止まらずその後方・左右も砲撃で徹底的にたたくという方法を用い始めた。そうすれば戦略予備の前進を阻める。また後退戦術(砲撃が始まると前進壕を退き後方に行き敵の襲撃とともに戻る。)も阻める。また左右の機関銃ポストも沈黙させられる。
しかし防御側が掩蔽施設を強化し始めると砲撃でも主要な機関銃ポストは残ってしまい依然突撃部隊に被害を与えた。このため攻撃側は前進壕を占拠したあと左右に展開し前進はその後にする方法もとられた。しかしそれでは壕にこもる防御側有利で決定的でない。
このため攻撃側は準備砲撃を実施し、突然中止する。すると後方または掩蔽施設に残っている敵は襲撃を予期し、ポストに戻る。この時また砲撃を再開しポストを狙う。しかしこのような方法は一度成功してもなかなか二度は難しい。
この方法は中国式攻撃法(Chinese Attack)と英仏で呼ばれた。この命名法の由来はクリケットの同名の攻撃方法が陽動的なものだったことから来ている、
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フランス人のニベルはこれを打開するため『這う射撃』を考案した。これは同士討ちを省みず、突撃中に自軍の砲撃を続行するというものである。実際は突撃部隊の進行に合わせ弾着地点を徐々に前進させる。
この方法でニベルは一旦ベルダンで成功する。しかし翌年のニベル攻勢という自らの名前が付けられた作戦は失敗した。ドイツ軍はスパイから事前情報で攻撃地点を知りそこの前進壕の縦深性を大幅に増加させていた。
更にイギリスのプルーマーは這う射撃を更に緻密化し歩兵の前進とともに野砲・重砲を前進させ、3日間の連続攻撃を可能とさせた。しかしこの方法もドイツ軍が熟知すると左右からの攻撃に重点を移すようになり前進はできても被害は拡大するという結果になった。結局は不必要な突起部を作るに等しい。
問題の本質は前進して得られる不動産の確保と防御能力の喪失の点で関連性が薄いことがある。すなわち前進してもそれだけでは敵の抗戦意思をそぐことはできない。機動戦と塹壕戦の本質的な違いがそこにある。連合国軍は結局タンクを強襲部隊の代わりとして使用し、最終攻勢でドイツ軍の前面部隊の捕捉に成功する。
その時には1ヶ所の攻勢ではなく多点で、また連続攻撃を実施し、ドイツ軍の抗戦意思を喪失させることに成功した。しかしそこに到達するまでのコストはいかにも高くついた。しかしこれは戦争の本質かもしれない。
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