食事

西部戦線では両軍あわせて900万人近い兵士が向かい合ったわけだが、この兵士に供給する食事だけで一大事業だった。食事のためだけにイギリス軍は30万人を雇っていた。このような大軍はもはや本国から離れては運用できない性格なのかもしれない。

イギリス軍の兵士一人当たりの食料は一日肉10オンス(284グラム)野菜8オンスと決められていた。この水準は独仏に比べ20%程度高かったといわれる。しかしドイツ潜水艦戦が功を奏し1916年から肉は6オンスに減らされた。一応栄養学者が計算した兵士に必要な3574カロリーを目標としたが、実際はこれでは不足したようである。

食事の内容はブリービーフ(缶詰入りコーンビーフ)、パン、ビスケットが中心だった。しかし兵士には著しく不評だったようだ。1916年秋のヨーロッパの収穫は寒冷のため不作で、どこの軍も小麦・ライ麦でパンを調製できず、カブなどで混ぜものをした。この時は豆だけが入った薄いスープと馬肉が何日も続いたという。

前線の移動厨房では普通二つの大釜しか用意しないから、イギリスの兵士は紅茶がいつも野菜の味がするとこぼしたらしい。新鮮な材料を準備するのも難しくパンは調製してから前線まで平均8日かかったという。

炊事兵は第1線壕には交通壕を通過して運ぶ必要があり、最前線では冷えることは避けられなかった。だがプライマス(携帯コンロ)の持ち込みにより大分好転したようだ。

また兵士が突撃に成功し前進した場合も問題だった。通常1−2日分の携行食料をもち突撃するが銃火のなか炊事兵が食料を届けるわけには行かない。このため前進しても敵が前面にいて抵抗が続く限り、1−2日たち食料が切れれば撤退するよりなかった。

フランス軍の野戦炊事班

証言
プレッセイ…初年兵ロイヤル野砲連隊、両親への手紙
ビスケットはあまりにも硬いので、なにか堅い台のうえに置いて石で砕かなければ壊れません。一度片一方を手で持ち、別の方をレンガでたたきつけましたが手を怪我しただけでした。数日間水につけ、煮て絞りコンデンスミルクをかけようやく食べられるのです。陸軍はものもちがよくボーア戦争の頃のものを保存して今使っているらしいのですが本当でしょうか。

ビーズレイ、R.…1993年インタビューに答えて
本国で訓練中はまだしのげたけれどもフランスでは餓死寸前でした。毎日紅茶と野菜で週に一度肉が出ればよい程度でした。でも想像してください。水につかった死臭に満ちた塹壕で食べるのですよ。


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