マルヌ会戦直前における、ドイツ軍と英仏軍の軍隊区分


本表は旧軍の調査にもとづく配置で,戦中のものである。このためドイツ軍の配置はフランス軍より聴取したもの。出版時点は1917年12月のため不十分なところまた不正確はやむをえないと思われる。最近の史実と点検し何故不正確となったのか調べるのも面白いかもしれない。

1914年9月5日、マルヌ会戦直前の両軍の布陣

フランス

右翼より
第1軍(デュバイユ
   
   
計10個師団(騎兵師団除く)
第8軍団
第13軍団
第14軍団

第44師団
第6猟騎兵師団
ボグーゼン兵団
(第9軍に輸送中)
- 予備第41師団
予備第58師団
予備第66師団
第2軍(カステルノー
   
計9個師団
第16軍団
第20軍団
予備第59師団
予備第64師団
予備第68師団
予備第70師団
予備第74師団
騎兵第2師団
第3軍(サレイユ
   
計9個師団
第5軍団
第6軍団
第15軍団
予備第65師団
予備第67師団
予備第75師団
騎兵第7師団
第4軍(ドラングル)
計10個師団 
第2軍団
第12軍団
第17軍団
殖民軍団
第21軍団(会戦間に到着)
-
第9軍(フォシュ
   
   
計8個師団
第9軍団
第11軍団
第42師団
マラッカ師団
予備第52師団
予備第60師団
騎兵第9師団
第5軍(デスパレ
   
   
計13個師団
第1軍団
第3軍団
第10軍団
第18軍団
予備第51師団
予備第53師団
予備第69師団
騎兵第3軍団
第6軍(モーヌーリ
   
計7個師団
他にパリ守備兵として後備4個師団あり。
第7軍団
第4軍団(下車中)
騎兵第1軍団
予備第55師団
予備第56師団
アルジェリア第45師団

イギリス

BEF:イギリス遠征軍(フレンチ
   第1軍団
   第2軍団
   第3軍団
計6個師団

ドイツ

右翼より
第1軍(クルック
   第2軍団(Linsingen)
   第3軍団(Lochow)
   第4軍団(Arnim)
   ・・・(第9軍団:Quast)が省かれている。・・・アントワープ方面守備
   予備第4軍団(Boem)
計10個師団・・・8個師団となるが?
第2軍(ビューロウ
   近衛軍団(Plettenberg)
   第7軍団(Rothmaler )(このうち1個師団はモーブージュ攻囲中)
   第10軍団(Emmich)
   ・・・(予備近衛軍団)が省かれている。・・・東プロイセンに移送中
   予備第10軍団(Zwehl)
計9個師団・・・7個師団となるが?
第3軍(ハウゼン)
   ・・・(第11軍団)が省かれている。・・・東プロイセンに移送中
   第12軍団
   第19軍団
   予備第12軍団
計6個師団
第4軍(アルブレヒト ウュルテンベルグ公子
   第 軍団・・・空欄とされている。実際は第6軍団(Ritzelwitz)
   第 軍団・・・第8軍団
   第 軍団・・・第18軍団
   第 軍団・・・予備第8軍団
   第 軍団・・・予備第18軍団
計10個師団
第5軍(ウィリアム皇太子)
   第5軍団(Strantz)
   第13軍団(Fabeck)
   第16軍団(Mudra)
   予備第5軍団(Gundell)
   予備第6軍団(Gossler)
   第33師団
計11個師団
以下は記載されていない。
第6軍(ルプレヒト バイエルン王太子
   第21軍団
   バイエルン第1軍団(Xylander)
   バイエルン第2軍団
   バイエルン第3軍団
   バイエルン予備第1軍団
計10個師団
第7軍(ヘーリンゲン)
   第14軍団
   予備第14軍団
   予備第15軍団
   予備第16軍団
計8個師団

フランス軍のうち第1軍と第2軍はマルヌ会戦に直接参加していないので除くと、英仏軍は53個師団になる。(後備師団を除く)たいするドイツ軍も第6軍と第7軍は参加しておらず除外すると第1軍から第5軍までで46個師団である。つまり、マルヌ直前では仏英軍はドイツ軍を7個師団凌駕しているのだ。そしてBEFは6個師団だから、その分だけ多いとも言える。

急速にフランス軍が増大しているようにみえるが、これは予備師団を前線に派遣したためである。またフロンティアの戦いでフランスが劣勢だったのもドイツが予備軍団を当初から投入したためである。これから判断するとドイツの数による勝利条件は始めからないことがわかる。そしてこのように拮抗していると、イギリス軍の後背は無視できるどころか、決定的な感すらある。ヨーロッパの陸戦で、独仏間で争われたのはことごとくイギリスを味方につけた方が勝っているのは偶然ではないだろう。ただ第2次大戦緒戦ではそれが崩れるが。


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