鉄十字勲章
鉄十字勲章はその無装飾なデザインが特徴である。だが多くのドイツの将軍と政治家の胸元を飾り、軍事勲章のなかでは20世紀で最も著名なものとなった。鉄十字勲章は数種に分かれ、大鉄十字を筆頭に大きなもの、また功2級鉄十字など従軍記章と変わらないものがあるが、ここでは、功1級鉄十字勲章すなわちヒトラーが習慣的に佩用した、最も有名で数奇な運命を辿ったものをとりあげる。
鉄十字勲章はその有名な存在にも拘わらず、恒久的な勲章として用意されたものではない。最初に現れたのは1813年のナポレオン戦争のときで、プロイセンの軍事勲章だった。制定したのはフリードリッヒ・ウイリアム王だが暫定的なものと考えていたようだ。その後も丁普戦争で授与されたが、一旦途絶え普墺戦争では廃止されたままだった。
次に現れたのは普仏戦争の最中、1870年だった。この時はしかも戦闘の終了時点で将校等の功績調査にもとづいて、相当後で授与されたにすぎない。
そして次は1914年の第1次大戦で、この間46年ある。この間も植民地戦争や多国籍軍への参加はあったのだから、ドイツの発想では大戦争なくてしては制定しないということかもしれない。そして鉄十字勲章が有名となったのも、この第1次大戦鉄十字ではないだろうか。
1939年アドルフ・ヒトラーは第2次大戦の勃発に先立ち鉄十字勲章を再度復活させた。この新しい鉄十字は中央に鉤十字があり、それだけで他のものとは見分けがつく。また授与数も180万を越え、ややインフレ的価値の下落が感じられる。
第2次大戦の終了により、鉄十字勲章は廃止されたが、奇妙なことに1957年、西ドイツ政府は鉄十字勲章を再度大量に作った。これは1957鉄十字と呼ばれる。収集家のなかでは一番価値が低い。
戦後、西ドイツ政府は鉤十字をドイツ国家社会主義労働者党(ナチス)のシンボルとみなし公開の席で、そのデザインのあるものの着用を憲法で禁止した。このため第2次大戦鉄十字勲章を着用することが出来なくなった。退役軍人はこの処置に納得しなかった。政府は対策に苦慮し、鉤十字のかわりに、第1次大戦時とほぼ同じデザインの樫の葉と小枝をあしらったものを、授与者に再度(古いものと交換ではない。)贈与した。また通常、軍人は一般的に首元にピンで留めるが、民間人はリボンで下げることもあった。(1945年以前軍人は公開または閲兵の場では鉄十字勲章の佩用が義務づけられた。)このためリボンも実はある。
この時のリボンは帝政やナチス時代と同様に赤黒白の組み合わせで、大ドイツまたは連邦ドイツの象徴の金赤黒ではない。
なお第1次大戦功1級鉄十字で勲譜、箱、リボン揃いのものは非常に少ない。あれば本物か疑う必要がある。実在すれば2500ドル以上の価値があるかもしれない。鉄十字本体だけであれば相当数現存し250ドル程度で手に入る。ただ実際使用されているのが普通で、ピンを補強したり場合によれば自身の名前を彫刻してあるのも多い。それでもリボンがついていれば450ドルはする。
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ビクトリア十字勲章