ウィルヘルム二世のバルコニー演説

ウィルヘルム二世は1914年7月31日ベルリン市内の宮殿のバルコニーで実質戦争開始を意味する演説を行なった。演説の草稿は内廷書記官の手になったと思われるが調子は「輝ける鎧」などの演説と同様に好戦的なものだった。

当時、君主が戦争開始にあたり詔書を煥発することは普通に行なわれたが、この演説が最も比喩などの点で好戦的に聞こえることは否めない。これがドイツ語特有の修辞によるものか、ドイツ国民はこのような気分を好むかは見解がわかれるところだろう。

演説の内容はドイツ通信社の手により全世界に配信された。次の邦文は8月3日付け東京日日新聞に現れたものである。ドイツ語のオリジナルについても併せて記載する。

ドイツ国民は今や非常なる危機に頻せり
 吾人は今や刀の鞘を払わんとす 若し11時間内に一切の平和的尽力悉く無効に終わらば朕は一に吾刀に信頼するの外なし
 而してこの刀一度鞘を脱すればその名誉を完全に保持せずんば再びこれを鞘に収むべからず 戦争は血と金銭との大なる犠牲を要求す
 吾敵国たるものはドイツを攻撃すれば必ずその罰なくして止む能はざるものなることを教訓せられざるべからず

Berlin, 31. Juli 1914
Eine schwere Stunde ist heute uber Deutschland hereingebrochen. Neider uberall zwingen uns zu gerechter Verteidigung.
(ここの部分は直訳すると“本日ドイツに重大な時が迫った。敵は我々を妬み、我々を余儀なく防衛戦争にかりたてようとしている”となる。この部分が欠落しているのは日本への配信分だけだが、どのような事情でそのようになったかはっきりしない。ここの対照訳文は下線部分のみ。またそれより下の部分の訳についても誤訳と思われる所があり普通に訳したものを添付した。)

Man druckt uns das Schwert in die Hand. Ich hoffe, das, wenn es nicht in letzter Stunde Meinen Bemuhungen gelingt, die Gegner zum Einsehen zu bringen und den Frieden zu erhalten, wir das Schwert mit Gottes Hilfe so fuhren werden, das wir es mit Ehren wieder in die Scheide stecken konnen. Enorme Opfer an Gut und Blut wurde ein Krieg von uns erfordern. Den Gegnern aber wurden wir zeigen, was es heist, Deutschland zu reizen. Und nun empfehle ich euch Gott, geht in die Kirche, kniet nieder vor Gott und bittet ihn um Hilfe fur unser braves Heer!

(剣をわが手に握ることを強制されつつある。私の最後の努力が、敵をして正気に戻らせ、平和を維持することに成功することを希望するが、もし不調になった際は剣を使わねばならない。その時は神の加護によって、名誉をもって、再び元の鞘におさめることになるだろう。戦争はドイツ人民に多大の犠牲を払うことを要求する。しかし、我々はドイツを攻撃することが、一体何を意味するか示さねばならない。神へ感謝を捧げようではないか。教会に行き神の前に跪き、われわれの勇敢な陸軍に神の助力があらんことを祈ろうではないか。)

また11時間(elf uhren)の表記はドイツ語テキストにはなく誤訳と思われる。

当時の新聞がドイツ語の本文テキストを使用していたかどうかもわからない。ただし誤訳の結果は重大だろうと思われる。すなわちドイツ皇帝もこの戦争が防衛戦であると主張したことが、新聞社訳では見事に欠落している。

この防衛戦争か侵略戦争かは当時の国際法上で大きな分かれであり、同盟義務など多くの解釈で重大だった。侵略とは第1撃をうつことで、この時は明確だった。ドイツ皇帝にしてもロシアの総動員が第1撃をうったことだと主張した。一方日本では、こういった見解は外務官僚・軍官僚の一部にしか知られることがなかった。ドイツ皇帝がこの戦争を単に尚武の観点でなく防衛戦だと主張したことを新聞が国民に周知させることができれば、満州事変・日華事変・太平洋戦争などの節目で違う世論を生じさせることが可能だったかもしれない。

また現在でも社会主義者(と村山政権下の日本国政府)は侵略という用語をこのように解していない。


8月3日付け東京日日新聞に戻る