寺内正毅の談話およびチンメルマンの演説 1917年4月10日、寺内正毅はチンメルマンノートとウィルソンの上下両院への対独宣戦布告決議依頼(4月2日)に対応して、次の談話を在京外国通信社に発表した。内容は簡潔であり、また率直な怒りにあふれており、単なる下僚の作文と思えない。
最近のドイツの陰謀、日本とメキシコを共同でアメリカに敵対させるというもの、は様々な点で興味をひく。
我々はドイツ人が日本とアメリカの間を裂こうとして執拗なまでの努力を払うことに驚いたりしない。というのは彼らは他国の理想や目的について理解しようとしないからだ。
試練の時にあたって、同盟者や友人を裏切ることほど我が国の名誉に反するものはなく、長期的な利益にも反するものはない。そしてこの場合、アメリカに敵対せよというのだ。我々はアメリカにたいし真の友情のみならず、巨大かつ重要な物質的利害で結ばれている。
ドイツ外務省によって計画されたとされる提案について今のところ、いかなる形をとっても、我が政府に届いていない。だが、もし来たとするならば、私は憤りをもって、また全面的に拒絶する以外、いかなる方策をも想像することができない。
戦時中とはいえ、寺内正毅に一点の迷いもない。また、日本はアメリカより早く参戦しているのだが、ドイツにたいして日清戦争後の三国干渉にたいする清算がまだ済んでいないという感が残っていた。「ドイツ人が他国の理想や目的を理解しない」というのは、そういったことからだろう。
また、この時、ロシアの脱落が予想されるなど欧州戦局は必ずしも連合国に有利ではなかった。
この談話の直前の3月29日、チンメルマンはコミュニケを発表した。次はその抜粋である。
カランザへ直接手紙を書いたことはない。メキシコ大使へ、「安全と信じられる」方法で指示を与えただけである。
潜水艦戦が激化しても、アメリカが中立を維持することを期待する。私の指示はアメリカが参戦してからのち実行に移されることに注意して欲しい。そして、私の指示はアメリカの利益を大いに害するものではない。
更に、私の電報が受信されたあと、ウィルソン大統領が性急に国交を断絶したことは遺憾である。それゆえ、ドイツ大使は最早、ドイツの立場を説明することができない。アメリカ政府は交渉そのものに消極的にみえる。
この演説にドイツ外務省の手が入っていることは疑いない。そして、演説自体には正直さがみられ、「ウソ」に当たる点はない。いわゆるドイツ的率直さである。
重要な点は、この演説によってウィルソンが参戦を決意したことが、ほぼ確実なことである。つまり、この演説はイギリスによる電文解読が正確であることを認めている。実はこの電文内容が発表されてからハースト系新聞は猛烈な「でっち上げキャンペーン」を実施し、アメリカ世論は電文の真偽をめぐって分裂していた。この演説は、その論争にケリをつけた。
チンメルマンはこの事件のあと、レーニン封印列車事件をルーデンドルフとともに首謀し、またアイルランド独立運動に援助を行った。これは戦争完遂に向けての努力だが、一方1917年末、ベートマン=ホルベークとともに、話し合いによる和平も追求している。ヌンチオ・パセッリ(将来のピウス12世)を介してのもので、提案内容は次の通りである。
- 無併合を原則とする
- ロシアとの国境は現状のまま
- ポーランドは独立する
- フランスとベルギーから撤退する
- ロレーヌのみフランスに返還する
- ドイツ海外植民地の旧状復帰
これにアルザスの返還を加えれば、連合国は戦う理由がなくなるほどの寛大なものである。またドイツはそれほどアルザス・ロレーヌに固執していないことがわかる。
ただし、ルーデンドルフは白ロシア・ウクライナまでの属国化、およびベルギーの併合を考えており、チンメルマンやベートマンと一致できたと思われない。こういった役所の縄張りにより、外交が一元化できないことは、第2次大戦下の日本と同一であり、興味をひく。