国民政府の秘密電報

海軍軍令部は国民政府の外交電報を傍受・解読していた。次は石井射太郎(外務省東亜局長)の所持していたトラウトマン工作に関する一件書類のなかの手書きのメモで、国民政府外交部から駐米大使宛ての極秘電報である。海軍軍令部が暗号を解読し課員が外務省東亜局でおそらく口頭でかつ中文のまま伝達したものとみられる。

昭和12年12月3日極秘

軍令部第11課

12月3日0955
12月2日2145
発漢口:孔祥熙
宛:駐ワシントン支那大使
日本より独国大使に記し提起せる講和条件

親展

先月5日独国大使来訪左の日本の私議条件7か条を提せり
1.支那主権下にある内蒙自治の地位を外蒙と同等とする
2.満●(不明)に従い平津以南一帯に非戦区域を設定し(5字不明)北支行政は支那全権により之を処理する。而して該区の最高長官の人選は対日理解者たるを要す。
目下の情勢に於いて●(不明)せば私議の成立は可能なるも北支には必ず新政府を設置し該政府はその成立後戦争前に於ける鉱産の権利譲与等の交渉条件に関し満足なる結果を具うる様継続商議を行う
3.上海は非戦区を拡大し国際警察により之を管理する。それ変更はなし
4.排日政策を停止し1935年日本提出の条件を接受すること
5.共同防共
6.日貨の輸入税を低減する
7.外人の権利の尊重する等

支那は当時九国会議に際し日本の提議は之を受理する能わずとして婉曲に独国の好意を謝絶したり。然るに「ブラッセル」会議失敗に帰し軍事また利あらず。国連は切実に我の援助するの弁法を講ぜざる以上国●(不明…主?)と雖も起死回生の道なし。日本は昨日また独国大使に記して重ねて調停を提起し来たれり。而して停戦講和の条件は以前条に根拠せり。貴兄の観察により近来欧米の日支問題に対する趨勢如何、切実に我を援助せんとする●●あるや否や停戦交渉提議に対し我は之を接受するべきや否や右詳細御電信相成度。以上述べる所は極秘にして国の内外人を問わず之を知るものなし。この国家緊急問題に●し特に密電し以って参考に供す。秘密を守られたし。御高見あらば密電を乞う。

( )内は後記。一部現代表記に直した。

この史料は石井のトラウトマン工作に係わる一件書類に保存されていたもので、戦後外務省により公開されたものである。この頃のこういった役所の公開文書には必ず公開する局(日本の中央官庁は当時かた局あって省なし)の意図が入り都合の悪い文書は巧みに除去してある。石井のこの文書公開の意図はトラウトマン工作の正当性についての弁護である。つまり、石井は10月初頭から、すなわち戦局がまだ打開されていないときから始めたことについて、陸海外の局長級の会議で了解をとったとしている。そしてこの秘密文書で蒋介石は条件を飲んだと説明したいかのようだ。

別に石井はその後の条件吊り上げに加担しているが、これは官僚(局長)として止むを得ないだろう。ただ第2条件の賠償金については、相互の財産の滅失について調整的な措置で重要ではないと強弁している。こういった説明では外交官としての品性が疑われる。中国外交部ではないが和戦に関する国家緊急問題についてはいくら外交官としての矜持は高かろうと首相や外相、参謀総長以外決めようがなく身を引くべきだった。とりわけ交渉に関与し名をあげようとする功名心は危険だろう。良い交渉はしばしば外交官が何もしなかった結果でもたらされる。戦争の終結内容は外交官の交渉で決まることはなく戦場の兵士の銃によっていることは厳然たる事実である。つまり戦争とは勝敗があるのだ。外交官は自国が戦場で勝った場合でも敵国に優しくなることがむしろ本領だろう。

この電文に関してはソースも明らかで真実と思われる。

一方台湾政府はこの間の外交文書を「極密徳国調停案」一件書類として1995年に公開している。この電文によって蒋介石は戦局の悪化と外交の頓挫を認め、日本側第1条件を丸呑みしたことが明らかだが、「極密徳国調停案」ではこの前後の書類について隠蔽されている。外交文書の改竄と隠蔽は第一次大戦の直前外交の関連においてピークに達した感があるが、日中両国はまだそういった轍から抜け出ていないようだ。ただ国民党は第二次大戦の結果から蒋介石が徹頭徹尾抵抗したとの外観は譲れないのだろう。

またこの暗号電報の解読は海軍軍令部が行った。帝国海軍の機能がいかに広範囲だったかの一例である。


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