本声明は8月14日夜10時からの閣議にかけられたものである。予定のごとく閣議が進んだところ、杉山元陸相が、「ちょっと待ってもらいたい、この際ひとつ、政府声明書を出した方がいいだろう」といって、案文の謄写版刷りをカバンから取り出した。廣田外相が「共産主義勢力」という文句があったのをソ連をも問題にしているよう誤解される心配もある、と指摘した。
そのあと、中島鉄相から「いっそのこと、中国国民軍を徹底的にたたきつけてしまう方針をとるのがいいのではないか」という意見があった。それに永井逓相が、「それはいい」と相槌をうったという。あとで杉山陸相は、この二人について「あんな考えを持っているばかもあるから驚く、困ったものだ」と評したという(風間章『近衛内閣』中公文庫1982)。中国大陸で国府軍を追跡し、殲滅することの困難さをいいたかったのだろう。
だが、そうであれば杉山はそのように閣議でいうべきではなかったか?陸軍が「この程度のこともできないのか」という批判が、当時根強くあったことも考慮すべきだろう。とにかく、現地では空襲にさらされ、全滅しそうな上陸【しゃんりく】が孤軍で戦っていた。