オーストリア第3軍(ブルーダーマン)は、フェルディナンド大公の第14軍団を、第4軍の応援に向かわせた結果、3個軍団しかなく、また策原地のレンベルグは、オーストリア中心部から最も遠いため、充足されていない師団も多く、91大隊(10万人)しかなかった。これにたいし、ロシア第3軍(ルツスキー)は完全に充足されていて、192大隊(21万人)あった。
ルツスキーは国境を8月21日に突破し、遅い速度で進撃した。一つには左翼は第8軍(ブルシロフ)により守られていたが、右翼は第5軍と離れて実際は孤軍の形となっていた。ルツスキーは行進しながら右翼を警戒せざるを得なかった。
一方ブルダーマンは8月25日にレンベルグを飛び出している。これはオーストリアの動員の遅れが影響したことは確実である。それとそれまでに北部で相次いで勝利していたため、気負いがあったのではないか。
戦闘は8月28日、ツロタリパ河畔でオーストリア第3軍とロシア第3軍の間で行われ、兵力差で優るロシアの圧勝だった。ブルーダーマンは退いて第2軍と並び、グニタリパ川に沿って陣を構えた。
しかしロシア第8軍も同じくツロタリパ川を渡り、ロシア軍の渡河作戦となった。しかし8月29日午前中に第3軍と第2軍の中間地点を渡河・突破されあっけなくオーストリア軍が総崩れとなった。
要するに兵力に差がありすぎたためだ。
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