最終攻勢と休戦当時線(旧軍参謀本部作図)

ルーデンドルフがウィルソンの14ヶ条提案の受け入れを決めたのが9月28日夕刻で、ヒンデンブルグ線を突破された段階である。しかし連合軍の前進自体はサンカンタン周辺の小さい地域(アラスからランス)に過ぎなかった。

連合軍にとり、むしろベルダン地区とイープル地区が不要な突起部となる公算もあった。しかしルーデンドルフは戦略的撤退を決意した。

それ以降は休戦成立見込みによる、総戦略予備の自国内撤退に伴う、自発的後退だった。しかし旋回軸のアルゴンヌの森(ベルダン北西)は死守している。

敗戦とは言え撤退作戦としてみれば、ドイツ軍の後退も見事なものがある。


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