8月26日のダダイ湖周辺

1914年8月26日、ドイツ第17軍団、予備第1軍団と後備混成第6旅団が、ロシア第6軍団をビショフスブルグ北方で撃破したときの情況。当時ドイツ陸軍使用の5万分の1の地図の上に旧軍参謀本部が作図したもの。線がドイツ第17軍団(右)と予備第1軍団(左)の進路で、線がロシア第6軍団の8月26日早朝の布陣である。ロシア第6軍団の第4師団は最北方に布陣していたが、約3.5倍の敵と遭遇したことになる。これは完全な索敵ミスだろう。右上から左下への実線はアレンシュタインに向かう鉄道線路。

大戦中、旧軍観戦武官は帝政ロシア軍から8月26日の敵情把握について事情を聴取している。それによると、ケーニヒスベルグに恐らく第1軍団とみられる1個軍団。アレンシュタインの南方に第20軍団、その西方に第17軍団、第19軍団(不存在・西部戦線)、予備第1軍団の一部、残余はウィクセル川方面に逃走中というものだった。

第19軍団は予備第3師団との混同だから、大きなミスは、ゾルダウ後方にいた第1軍団を、ケーニヒスベルグにあると誤断し、さらに実在の第1軍団を第17軍団、予備第1軍団と混同したことだとわかる。

このためビショフスブルグに進む、実際の第17軍団と予備第1軍団はノーマークになってしまった。鉄道を利用することは考えたが、徒歩行軍は予想しなかったというのも面白い。また両軍団とも1日30Kmの距離を行軍したが、第8軍司令部の予想より半日遅れたという。事情は東から西へ向かう避難民と離された家畜が道を埋め主要道路が通行不能となったためだ。このため間道を通った。この事情ではロシアの索敵機(第1次大戦のロシアは開戦時相当数の飛行機を保有していた。)が地上の敵軍を発見することは簡単ではなかったのだろう。ただ中心都市にはスパイが放たれていたらしく情報は都市を経由する部隊を確認して得たものだ。

ロシア軍は索敵に失敗し、一方ドイツ軍は無線傍受と飛行機による偵察でロシア第6軍団の配置を正確につかんでいた。この状態で3.5倍の兵力をもって襲いかかったのだから不敗の陣だろう。ロシア軍の敗因は直接には騎兵の無能だが、司令官が猪突猛進型の単純な男だったと言うのも災いした。


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