1925-1934
名称 交戦団体 開始 終了 動員
1000
戦闘の経過・終了方法など 勝敗 結果 犠牲者1000
ドルーズ反乱 ドルーズ族 1925 1927

25

消耗 敗北

5

フランス 1925 1927

746

勝利 反乱鎮圧

4

(参考)ドルーズはシリア山間部に住む原住民。オスマン帝国時代には広範囲な自治または独立が許されていた。フランスはサイクス・ピコ協定によりシリアの統治権を得たが、そこでの治世の経験はなかった。シリア軍司令官サレイユは厳しい軍政を敷く一方回教そのものとは宥和姿勢で臨んだ。だがドルーズはスルタン・アルアトラッシをリーダーに正面からの武力抗争に踏み切った。一時はダマスクスを占領したが、仏軍は無差別砲撃を加えるなどして鎮圧に成功した。
クルド反乱 イラン 1925 1932

250

勝利 反乱鎮圧

35

クルド人 1925 1932

50

消耗 敗北

10

トルコ 1925 1932

500

勝利 反乱鎮圧

55

インドネシア革命 インドネシア人 1926 1927

150

消耗 敗北

5

オランダ 1926 1927

100

勝利 独立阻止

3

クリステロ戦争 メキシコ 1927 1929

100

交渉による和平 勝利

政教分離
実現

25

キリスト教狂信者 1927 1929

50

消耗 敗北

10

チャコ戦争 ボリビア 1928 1935

100

敗北 河川通行権獲得

200

パラグァイ 1928 1935

80

交渉による和平 勝利 係争地取得

80

スペイン動乱 ドイツ 1936 1939

20

介入 勝利

2

イタリー 1936 1939

50

介入 勝利

10

フランコ反乱軍 1930 1939

50

全土制圧 勝利 政権奪取

200

ソ連 1936 1939

50

政府軍について介入 逃亡

6

スペイン 1930 1939

200

消耗・逃亡 敗北 消滅

545

満州事変 中国(奉天派) 1931 1932

1500

交渉による和平 敗北 国際連盟提訴

10

日本 1931 1932

55

勝利 満州を分離保護国化
国際連盟脱退

1

第一次上海事変 中国(19路軍) 1932 1932 250

敗北 撤退

25

中国(国府軍) 1932 1932 1500 交渉による和平 敗北 撤退

5

日本 1932 1932 50

勝利

3

租界義勇軍 1932 1932

25

勝利

1

開戦原因

近代戦は一方の参謀本部が、敵野戦軍の殲滅を目論む作戦計画を発動させることによって引き起こされる。

チャコ戦争や満州事変もその例外ではない。ただし満州事変の場合は出先軍(関東軍)の参謀部が独自に立案、発動させた。事前に東京参本の了解を得ていたかは、現在も不明である。昭和天皇は了解していない。作戦部長は知っていたようだ。ただ爾後において参謀総長は承認した。

従ってどちらが侵略したか、すなわち第1弾を撃ったかは近代戦においては明瞭である。