イギリスの提督;連合艦隊司
令長官
サザンプトン生まれ。その家系は海軍や船舶関係者を多く輩出した。この年代では珍しくないが13歳で海軍に加わった。勤務は地中海と極東で、義和団の乱では重傷を負った。大戦前ではフィシャーと共同でドレッドノート級戦艦の建造の意を注ぐ。
1914年8月連合艦隊司令長官に任命された。当初からドイツ外洋艦隊との決戦にそなえ、旗艦アイアンデュークで指揮をとった。
しかしドイツは艦隊温存策をとったため、自身は軍港スカパフローで待機する日々が続いた。しかし1916年5月ついにその時がやって来た。ユトランド沖海戦である。シェールに率いられたドイツ外洋艦隊はまず、おとり部隊として巡洋戦艦隊を先行させた。ところがジェリコのたてた作戦もそれと同じだった。たちまちイギリス艦隊はドイツ主力と接近する形となった。ジェリコは火力と総トン数では勝っていた。しかしドイツ艦隊は通信能力と船舶設計で上回っていた。結局両方とも決定的勝利は得られず日没とともに引き上げた。
イギリスのほうの受けた損害が大きかったが、ドイツ外洋艦隊は再び港を離れることはなかった。
6ヶ月後、司令長官を退き、海軍大臣となったが、ロイドジョージと護衛船団方式をめぐって対立、辞職した。戦後はニュージーランド総督をつとめた。

回想録;The Crisis of the Naval War, London, 1926
The
Grand Fleet 1914-1916; Its Creation, Development, and Work,
London, 1919
自著;The Submarine Peril、London,
1934
Patterson,A., Jellicoe: A Biography,
London,1966
Bacon, Admiral Sir Reginald, The
Life of John Rushworth, Earl Jellicoe, London, 1936
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