グレイ、エドワード

Grey、Edward  
Baronet、Viscount of Fallodon

(1862−1933)

イギリスの外交官;開戦時の外相


退役した陸軍中佐で准男爵の長男としてに生まれる。また、1832年にアイルランド改革法を提出した、首相グレイ伯の親戚でもある。ウインチェスター校、オックスフォード大学バリオル校と進む。自由党所属で外交畑の第一人者となったが、外国語は喋れなかった。

キャンベルバナーマン自由党内閣の成立した1905年以来、外相をつとめる。その連続した11年の外相在任記録は、イギリスにおける最長記録である。日露戦争では日本との同盟を堅持したが、1907年英露協商をとりまとめた。ただ党是としてのフランス協調路線は守ったが、ロシアとの協調には疑問を持っていたようだ。 

 大戦前のヨーロッパ外交の立役者でもあった。1905年から1914年までのヨーロッパの平和に最大の貢献をしたことは疑いない。二回のバルカン戦争ではロンドンで各国の大使の個別に呼び協調を訴え、強国の介入を防ぐのに成功した。

開戦前、大戦を避けるべく、ドイツに大国間の会議、ロシアに自制を働きかけた。しかし事態の急速な進展でついに間に合わなかった。

ドイツの宣戦布告が露仏に出されると、逡巡なく協商路線にそって参戦をアスキス首相に訴えた。慎重論に従い一旦自重したが、自ら下院で参戦を訴える巧みな演説を行い、事実上イギリス参戦の道を開いた。そして、ドイツのベルギー中立侵犯で国論がまとまり開戦に踏み切ることが出来た。

それでもアスキス首相はトルコの中央同盟にたっての参戦をみて、この間のイギリス外交に問題があったとしてグレイを冷遇したという。

ロイドジョージの挙国一致内閣成立に伴い、バルフォアに外相の地位をゆずった。これはロイドジョージの戦争完遂方針に意見が一致しなかったためである。

グレイを、第1次大戦時の日本の参戦問題をめぐり、反日的人物とみるむきもあるが誤解である。回想録に「日本は多年イギリスにたいする公正にして名誉ある誠実な同盟国であり、且つまた日本政府の自重のおかげで、大戦の期間中、太平洋の諸問題について、英米両国との間に何等重大な摩擦を起こさないですんだ」と記している。つまり第1次大戦中、アメリカが中立を維持していたとき、太平洋における日英両国とアメリカとの対立は、日本の努力によって調停されていた。

そして、21ヶ条要求などの中国への冒険的な外交方針について、「しからば西欧のいかなる国が、仮に日本と同じ立場にあったとして、日本以上に、いや日本と同じ程度にさえ、自重することができたであろうか」と結んでいる。

グレイ外相の議会演説

大戦終了後国際連盟初代議長となった。1919年アメリカ特別大使となった。これは国際連盟への加入を訴える目的だった。1923年上院に移り事実上引退した。1933年領地のファラドンで死亡した。

1930年5月ごろ、近衛文麿がグレイについて一文をものにしている(矢部貞治『近衛文麿』上、弘文堂1952)。同一文句の繰り返しの多い悪文であるが、それだけに自筆であると思われ、心境の一端を表しているのだろう。

エドワード・グレーの風格
・・・事務や思索に疲れて心身を静養させるには、スポーツもよい、読書もよい、或いはかくの如く自然に親しむのも最もよい。唯俗悪な遊戯や野卑放縦な行為をしては、真の静養にはならない。蓋し静養とは、心身の気力を恢復しつつ自己の品格を高めることであるから。日本の政治家にも西園寺公の如き清雅な生活をなす人もある。犬養木堂翁のように学識卓抜にして趣味円満な人もある。仏蘭西には虎宰相クレマンソーの如く、暇さえあれば自動車を駆って慰安を求めた人もある。
人の風貌がそれぞれ異なる如く、その静養の方法も異なるであろうが、グレーの如きは凡ての人の模範となる人物ではないかと思われる。彼の生活を見れば見る程、悉く真の政治家として具うべき理想の条件を具えている人の如く思われる。そしてかかる政治家の多く存する国では、その政治も清浄である筈だと痛切に感ずる。


Robbins, K., Sir Edward Grey, A Biography of Lord Grey of Fallodon, London, 1971 
Trevelyan, George Macaulay, Grey of Fallodon, Boston, 1937
回想録;Twenty Five Years, 2volumes., London,1925(邦訳)『グレー回想録』 石丸藤太 日月社 1932
自著;The Charm of Birds, London,1927(バードウォッチングの本で当時ベストセラーになった。)

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