別宮
ウィトゲンシュタインの神は簡単には理解できないなにものかだと思います。ただ、別の角度から見ると、ウィトゲンシュタインはブルシロフ攻勢の前は数学者だったと思います。ところが、敗軍の途中からは明らかにトーンが変わり哲学者に変貌した印象があります。
例えば写像理論自体は優れた発見ですが、論理学上の発見です。そして確率による死について悩んだことは、この発明となんら関係がありません。ただ確率による死という現実に直面して、ウィトゲンシュタインは人間の運命、自己、外界について深く考えることになり、神または絶対者について存在を認めるようになったのだと思います。
ベラ
それでもこの人は何かいつも悩んでいるような所があり戦争はむしろその逃げ場だという気もするのですが。
別宮
それでも、ウィトゲンシュタインは成功した兵士です。神の存在によって、ある種の心の安定を得たのは事実でしょう。
そして、論理学や自分の人生について悩んでいたことから、戦争へ逃げたのではないと思います。考えてみてください。当時の人々は、衣食住に絶望的に苦しんだことはありません。つまり生物学的なことかの悩みではないのです。
悩み・疑いは、「ユダヤ人としての悩み」「同性愛者ではないかという疑い」「論理学上の命題を解けない悩み」の類であり、それ自体は国家または君主によって課せられた義務より低位にあるのです。
そこで、兵士になるという選択は、逃避というより本来のオーストリア臣民なり、国民なりというより本源的な自分に帰ることと考えたのでしょう。
ベラ
当時は国家は重かったのですね。
別宮
そこも、言い方が難しいのですが、第1次大戦前のヨーロッパにおいて国家がそれより以降とくらべ、重かったといえないのです。
なぜならば、オーストリア=ハンガリーの臣民として、ウィトゲンシュタインはパスポートを持っていたわけではありません。にもかかわらず、ドイツ・ノルウェー・イギリスなど自由に旅行していました。
つまり、イギリスに住んで、住民票をイギリス人に育ててもらったとして届出を出せば、イギリス人になれたのです。とりわけウィトゲンシュタイン家のようなユダヤ人は数世代前には、その国にいなかったでしょうから、難民申請のようなことをすれば市民権を得ることが難しくありませんでした。
つまり当時が各国の間は現在よりも人の行き来ははるかに楽でした。夏目漱石もイギリスに留学したときパスポートをもたず、下宿するとき公使館から証明書をもらっただけです。
果たして、当時の人々が現在よりも××国民という意識が強かったかどうか疑問です。むしろ第1次大戦がそうしたのではないでしょうか。
ベラ
それは意外ですね。
別宮
そうなんですよ。直接税をとっても同じです。オーストリア=ハンガリーでも、国家予算の半分は関税で、残り物品税でしたから、富豪のウィトゲンシュタイン家でも納税に悩んだという記事はありません。
つまり、多くの人は直接税(所得税・固定資産税)など払っていなかったのです。
そして、歳出のほとんどは軍事費であり、官のウェートが低かったのです。もちろん、福祉、年金・健康保険・弱者扶養なども、ほとんどありません。また、軍事費は大量の若年失業者扶養の意味がありますから、後世のいわゆる福祉よりは、GNP弾性値が高かったはずです。