祖国防衛戦争

コスモポリタン 戦争原因論と離れて、第一次大戦とは祖国防衛戦争でしょうか?

別宮 その問題は第一次大戦開戦時に議論されました。祖国防衛戦争の定義とは「戦争一般には反対する。但し、外国が妄りに攻撃を加えてきた場合には、これにたいして自国の自由と独立を防衛するため戦うのは当然の権利であり、じつに義務ですらある」というものです。

じっさいにこれを唱えたのは、ドイツのベーベル、フランスのジャン・ジョレス、ベルギのバンダーベルトでした。

コスモポリタン 社会民主主義者ばかりですね。

別宮 祖国防衛戦争に対立する概念は帝国主義戦争です。ただ、共産主義における帝国主義戦争論の典型例はドイツ社会民主党左派のローザ・ルクセンブルグやカール・リープクネヒトによって叫ばれました。例えば、ローザ・ルクセンブルグは、

「近代の戦争、とりわけ予想される列強間の戦争は各国が互に帝国主義政策を強行して必然的に発生するのであるから、かくの如き戦争に於いては。何れが攻撃者何れが防禦者という区別はありえない。戦争の直接原因となった事件だけについて言えば、かくの如き区別をなしうる場合もなるが、それは事柄の本質には属しない。加えるに何れの国が勝っても勝利者は一層強化された帝国主義を実行するのみである。従ってかくの如き戦争にたいしては祖国防衛論は成立しない」(『社会民主主義の危機』)と語っていますから、祖国防衛論には反対でした。

コスモポリタン こちらの方に魅力を感じますね。

別宮 帝国主義論といってもレーニンは金融資本すなわちマーチャントバンクが主導者であるとし、一方ルクセンブルグは市場を求める産業資本家に原因を求めます。この両説とも現在においては否定されたとみていいのではないでしょうか?1945年以降、資本主義列強間では戦争が発生していません。

ルクセンブルグの論についていえば、各国は戦争を必然的に発生させるは決定的に誤りです。戦争の直接原因となった事件と語っていますが、これは事件ではなくて、軍事力行使・大規模テロの中味と解するべきでしょう。

要は、事件と離れても、戦争の原因となった軍事力行使はあらゆる戦争に必ず存在するのであって、経済よりも、そちらの原因を問いただすべきでしょう。

コスモポリタン すなわち、祖国防衛論は成立しない?

別宮 端的にいえば第一次大戦についていえば、ドイツは侵略者であって、ベーベルの祖国防衛戦争論は誤りです。ドイツが参謀本部も社会民主党右派・左派全てが、ドイツのベルギーへの先制攻撃を無視しているのが奇怪というべきでしょう。

コスモポリタン 社会民主党左派は戦争反対、右派は戦争賛成と別れました。

別宮 じっさいにはカールリープクネヒトが反対の意思表示をしただけですが。いいたいことは祖国防衛論とは、侵略・自衛をわからなくするということでしょう。

コスモポリタン スターリンは第二次大戦を「大祖国戦争」と呼びました。

別宮 フィンランド冬戦争とポーランド戦はソ連の侵略、独ソ戦はドイツの侵略で簡単な話で、スターリンの言い分はソ連国民に奮起を促すものでしょう。

コスモポリタン 日露戦争はどうでしょうか?

別宮 日本のマルクス主義者は、現在でも、第一次大戦におけるドイツ社会民主党右派と左派の論争を繰り返しているようにみえます。日露両国が直前外交において、朝鮮半島の影響圏をめぐって争ったことを理由にローザ・ルクセンブルグのような結論を導きます。

日露の産業資本家は関係がなかったことを差し置いても、龍岩浦事件を無視してますよね。中立国への武力行使は侵略を形成します。そのあと日本は西ローゼン協定遵守をいったので、「影響圏」の確認にすぎませんでした。

つまり直前外交における関係国の論調などをみた所で意味がありません。戦争とは軍事作戦にゴーサインを出して始まるのであって、外交は奇襲開戦意図の隠蔽などカモフラージュに使われます。

ただし、司馬遼太郎や藤岡信勝などマルクス主義者、社会主義者でない人物がなぜ「祖国防衛論」に基礎を於いて左派と論争することは不思議ですね。