マーニャ
マルヌ会戦でBEFが決定的な役割を果たしたことはよくわかりました。それでも不思議なのは、なぜドイツ参謀本部が、イギリス参戦を招きかねないシュリーフェンプランをなぜ金科玉条のごとく扱ったかです。
別宮
はっきりしていることは、ドイツ参謀本部または小モルトケが誤ったことです。直接、シュリーフェンプラン(改)の作成にかかわったとみられるルーデンドルフは「イギリスの参戦は織り込んでいた。しかしベルギーが徹底抗戦することは予想できなかった」としています。
一般に政治的に無能な軍人は、死亡した将軍を誉めそやし、併せて自分も誉められることを期待するものです。ルーデンドルフもその例外ではありません。
ルーデンドルフはシュリーフェンを理想の参謀総長ともちあげています。つまり、小モルトケが計画の遂行に失敗したにすぎず、原案は正しく、シュリーフェンは優れていたと主張します。これは改正作業に加わった自分も誉められたいがゆえです。
けれども、イギリスの参戦は短期的にはマルヌ会戦のように、拮抗した独仏軍のバランスをフランス有利に変えることになるばかりでなく、長期戦になった場合、決定的に不利な要因となります。
マーニャ
それでも、俊秀を集めたドイツ参謀本部にしては、ぬかったという感じがします。それに、ウィルヘルム二世がシュリーフェンプランでなく、まず東部国境に主力を集中し、独仏・独白国境は越境を停止せよ、と命令したとき、小モルトケは泣きながら諌止しています。
別宮
現在でも、ごく普通の人が陰謀史観を信じ込みます。つまり、戦争のような大事件には当事者だけでなく、陰で大きな力が働いているに違いない、と思いたいんです。これの結果、「国際金融資本」「国際的ユダヤ人ネットワーク」などの存在を信じてしまいます。
小モルトケも、実はこのような普通の人だったんです。つまり、二〇世紀最大の出来事、第一次大戦の引き金を引いたのはこの男なのですが、それに気づいていないんです。考えてもみてください。ロシア革命、第二次大戦、ソ連の崩壊、すべて第一次大戦の結果です。
マーニャ
小モルトケは、長期戦にはならず、短期戦で勝てると思ったことですか?
別宮
その通りですが、それに加えて小モルトケの「専門バカ」体質があります。つまり、小モルトケは軍事専門ですから、戦争原因=外交には興味がないんです。外交で戦争になり、軍人の出番となると単純に信じていました。
そして出番となれば、外交官は引っ込んでいろということでした。それゆえ、一貫して友好的だったイギリスがドイツに向かい参戦することは想像できなかったんでしょう。それで思考が停止し、「どうでもよい」になったんです。
マーニャ
現代日本でも、軍事と外交は分けて論じることができる、と思っている人は多いですね。すると小モルトケは、いきなり戦争になるという事態は想定できず、二つの国が紛争を重ねながら、徐々に戦争になるとカン違いしていたんですね。
別宮
その通りです。戦争は相撲のように仕切りなおしをしながら見合って立ち上がるものではありません。英独の間には建艦競争を除いては懸案はなかったんです。それでも戦争になりました。もちろん、ドイツ・ベルギー間には外交的争論は全くありません。それでも戦争になるんです。
小モルトケは自分の決心が、第一次大戦のような戦争になるという想像はできず、イギリスやベルギーが、国家の存亡をかけることなど考えることができなかったんですね。