ニミッツ
中国共産党は農地改革を実行しようとして、地主を解決したのでしょうか。
別宮
共産党は農村から都市を包囲するといって、国民党からの政権奪取を主張したわけですが、具体的に農村をどのようにしようと思ったのか、はっきりしません。そして、中国共産党が全農村にわたって根拠地をもっていたかも、実は疑わしいのです。国共内戦は寝返りによって共産党が地すべり的勝利を収めたのであって、農村から都市を包囲することによって勝利したのではありません。
また長い間、中国農村には官憲が入ることができませんでした。逆に農村から都会に出る人はいて、読書人階級・郷紳と呼ばれました。ただ、農村の支配権は、こういった知識人であったり、単なる宗族の長であったり、あるいは農村を基盤とする匪賊であったり様々でしょう。
はっきりしているは、誰が支配権をもつにせよ、必ず自衛、いわば治安維持のための強制力が必要だったことです。この強制力が政府でなく、地主がもつとすれば、それは必然的に「無法」と結びつきます。所有と司法を合致させることは不可能です。
所有者も非所有者と同様に法に服するという倫理が確立して初めて、社会が安定します。
中華人民共和国の成立時、すなわち一九四八年から一九五〇年の間、500万人の地主を「解決」し、土地を貧農に分け与えたとされます。
共産中国では地主を「オッパ悪覇」と呼んびました。「覇」とは「ごろつき」というほどの意味で、農村部の「悪いゴロツキ」を指します。
ニミッツ
すると、共産党が解決したのは、地主にせよ国民党にせよ、農村に蟠踞する武装勢力だったと考えるべきなのでしょうか。ただ、地主制度は中国だけに限らないと思いますが。
別宮
その通りです。労働生産性の低い農業社会では地主制度は避けられないことです。
なぜかといえば、80人の農業家族が100人分の食料しか生産できないとします。その場合、租税を二割以上かけることは不可能です。
それでは農業家族に餓死者が出てしまいます。ところが、治安を維持せねば営農自体が不可能です。また租税が一割程度では国家が警察官などを雇い治安を維持することも不可能です。
ところが、80人の農業家族が個別にガードマンを雇うことはできませんが、代表が10人雇うことは可能です。更に、農家には共同作業にあたる仕事があります。これを計画し、指揮するのも代表が行うのが適切です。更に国家が5%程度の税金を要求するかもしれない。この場合も代表が徴集して納税した方が便利です。
すなわち、大きさの単位はともかく、武装した地主が収穫の三割から四割を徴集し、不作に備えた備蓄米を蓄えるか金銭にかえ、二割を地主すなわち代表が治安維持、祭祀、村の鍛冶屋に配分することは不合理なことではありませんし、唯一の道ともいえます。つまり、農村社会が有り余るほどの余剰農産物が生産できない中世的社会であれば、やむを得ない選択といえます。
ニミッツ
しかし日本も戦後、地主制度を廃止するとして、農地改革をやりました。
別宮
日本で行われた農地改革も、その後「有り余るほどの」農産物を農民一人で生産できるようになると、失敗した政策となりました。マスコミなどは、後進国の農民が貧困なのは、農地改革が行われないためだとしますが、中緯度で農地が無限にあった北米しか頭にない誤りです。現に農地改革など、日本も含めて成功したため試しはありません。
つまり、農地改革は農地を細分化させ、大規模農業を不可能にさせてしまうのです。