マーニャ
小モルトケのシュリーフェンプラン発動の基礎となった考え方は正しいのでしょうか。
別宮
それはもちろん誤りです。ただ当時の総動員というのは鉄道ダイヤに支配されていました。ここでの鉄道ダイヤとは日常ドイツ国鉄などが使用しているものです。つまり鉄道ダイヤが1種類のため総動員と開進の計画が1種類しかないのです。動員初日に鉄道ダイヤを変更することは鉄道員の勤務体系を多少変更せねばならず、それはあまりにも危険だと予想されました。
それはおいてもしドイツがシュリーフェンプランと違う別の戦争計画を実施したと考えてみましょう。すると意外な結論が得られます。
まず対フランスを防衛にとどめ、対ロシアで攻勢に出る場合を考えてみましょう。
マーニャ
ウィルヘルム二世が動員初日に小モルトケに要求したものですね。
別宮
その通りです。すると第一次大戦の防御有利の面から西部戦線はドイツ優位が動きません。フランス軍はベルギーを経由することはまずありませんから、共通国境での戦いとなり、おそらくドイツ軍右翼11個軍団がなくとも防衛戦に勝利または戦線を維持することが可能でしょう。
そして東部戦線ではロシア軍が東プロイセンで攻勢に出ることは動きません。というのはドイツ参謀本部は東部戦線で攻勢に出る計画は持ち合わせていませんでした。従ってロシア軍がイニシアチブを取り、そして敗北することになるでしょう。これは奇妙と感じるかもしれませんが、当時イニシアチブを取った方が必ず勝ち、取られた方は敗れると信じられていたのです。
ロシア軍が短期間のうちに野戦軍を失いドイツの短期的勝利に終わることも予想できるでしょう。この場合フランス軍は共通国境を越えず睨みあいに終始することも予想できます。つまり帝政ロシアとポーランドと対象は替わりますが、1939年9月と似た事態です。
マーニャ
それではシュリーフェンプランのようにベルギーを通過せず、または通過しても一部をかする程度だったらどうでしょうか。
別宮
それも面白い仮説ですね。
その場合もフランス軍から国境を越えることはないと予想されドイツ軍がセダンからミュールハウゼン全域に亘って攻勢をかける展開でしょう。これは実際にあった西部戦線のように短期戦で終わらず長期戦化するとみて良いと思います。
そしてこの二つともある重要なポイントを考える必要があるでしょう。すなわち、それであればイギリスは参戦しないのです。つまりイギリスはベルギーの中立侵犯をみて参戦しました。少なくとも長期戦の状態にならねば参戦することはないでしょう。
マーニャ
そうすると、独墺軍とロシア軍の東部戦線が決戦場と化しますね。
別宮
その通りで、ロシアの敗色が濃いとみてよいでしょう。
マーニャ
それは初めのウィルヘルム二世の提案と、数ヶ月すれば同じことになるわけだ。