コスモポリタン
手厳しいですね。マルクスの考えた運動というのはいわば国際主義運動で、労働者が国籍を問題とせず全世界の統一された運動のなかの論理的な部分として存在するというところに特色があるのではないですか?
別宮
マルクスは共産党宣言で次のように書いています。
「共産主義者は、彼らの主たる注意をドイツに注ぐ。蓋しドイツは、ブルジョワ革命の前夜に立っているが、この変革は、一七世紀の英国及び十八世紀のフランスよりも、より進歩したヨーロッパ文明の条件のもとにおいて、かつ遥かにより発達したプロレタリアートを以て実行される。従ってドイツのブルジョワ革命は、単にプロレタリア革命の序曲たりうるにすぎないのである」
これはドイツではブルジョワ革命がまだ発生していないこと、ところが英仏ではブルジョワ革命が発生済みであること、にもかかわらずドイツでプロレタリアート(運動)がより発達していると説明しています。
これをもってまずドイツ革命(ブルジョワ革命とプロレタリアート革命が直結する)を国際共産主義運動としては目指すべきだと言っています。
つまり革命運動としては一国で始まり、それはドイツからだと宣言しています。そこではドイツプロレタリアート運動=SDPが主導権=覇権をとることが前提とされています。
コスモポリタン
労働者運動が国際的連帯を求めるとして、どこの国の運動がリーダーシップをとるかは、国籍を重要視しない労働者にとり重大ではないのでしょう。
別宮
ただマルクスが使用している労働者は生きている労働者の意味ではなく、マルクスが指導しているドイツ社会民主党(SPD)を指しています。そしてSPDはドイツ一国内の政党であり、国策とりわけ外交政策について方針を出さねばなりません。
この事について「戦後左翼」は無頓着であり、その結果政権についても場当たり的な外交政策に終始したのです。SPDは植民地戦争についてホッテントット選挙にみられる通り、反対しましたがヨーロッパ戦争には賛成していました。
戦争と国際的連帯は明らかに矛盾します。
コスモポリタン
マルクスやSPDのなかで影響を受けた人々は、ヨーロッパ戦争に反対したのですが、SPD多数派が、選挙などへの影響を配慮し賛成に回ったのでしょう。
別宮
第一次大戦が開始されたとき、SPDは党をあげて賛成にまわりました。国会で臨時予算が可決されたとき、ドイツ軍はベルギー領内で戦っていました。ドイツがベルギーに第1撃を加えたのは火を見るより明らかでした。
もし戦争を止めるとして、先制攻撃により中立国に攻め込むことに反対せねば、反対者と言えるでしょうか。
同様にプロイセンと南ドイツ連合軍が、普仏戦争で大挙して共通国境を突破したとき、マルクスはドイツ統一ためだから、これは「良い戦争」だと言いました。
マルクスが第一次大戦まで存命したとして、ベルギー侵攻にやはり賛成したのではないでしょうか。