共産主義と民主主義

コスモポリタン でも現在の日本において真の民主主義をつくれるのは共産主義によってではないでしょうか?

別宮 民主主義とは何かという点も重要です。日本の戦前において民主主義という言葉が忌避されていたため、戦争直後、日共は「民主」という言葉によって新鮮味を出したいという希望があったのでしょう。

ですが、当時コミンフォルムが出した言葉は「人民民主主義」でした。これの残滓は、「朝鮮民主主義人民共和国」「中華人民共和国」という国号に残っています。

コスモポリタン 人民主主義はブルジョワ民主主義を一歩進めたものではないでしょうか?

別宮 マルクスはパリ・コミューンの最中、1871年4月12日付けのクーゲルマン宛の手紙で「私はフランス革命の最近の企画として、官僚的=軍隊的な国家機関の破壊について論じている。これこそ、大陸におけるあらゆる質の真の人民革命の前提条件である。そしてまた我々の勇敢なパリの同志たちの企画でもある」と書いています。

ここでマルクスはパリ・コミューンを人民革命としており、「同志」が国家機関を破壊したとしています。明らかにブルジョワ革命ではない人民革命としているのです。

同様にレーニンは、日露戦争の最中に発生した1905年の第一革命を人民革命であるとしています。理由は「奴隷化され搾取されていた最下層の社会層・すなわち人民の圧倒的多数が立ち上がり旧社会を打破して新社会を建設せんとする独自の企画をもって迫ったからである」だとしています(『国家と革命』)。

コスモポリタン フランス大革命などブルジョワ階級が立ち上がり絶対王政を転覆させたものと異なり人民革命は労働者階級を含む人民が絶対王政などを倒そうとしたものでしょう。

別宮 ではフランス大革命とロシア第一革命の企画の差はなんでしょうか?

コスモポリタン 絶対王政の転覆を計ろうとした人々が、ブルジョワのために立ち上がったのか、プロレタリアのために立ち上がったということです。

別宮 おそらくレーニンの説くところをいいたいのでしょうか。レーニンは「プロレタリア独裁とは、ブルジョワジーにたいする独裁である。従来の民主主義は少数の富者のためのものだが、プロレタリア民主主義は真の多数者のためのものである」(『国家と革命』)と書いています。

この言葉では、革命のあとブルジョワ階級がプロレタリアに転化することが前提になっています。そしてレーニンは「計画経済」を主張しますから、弁護士や会計士、営業マン、銀行マン、デザイナー(とあらゆるカタカナ職業)を認めず、国家公務員となった労働者と農民、それを指導する官僚(同時に高級党員)からなる社会を想定していました。

人民革命とはプリレタリア階級の前衛である革命党が指導し、こういったプロレタリア独裁=プロレタリア民主主義に導くことを目標とする革命のことです。

コスモポリタン ただ、中国や北朝鮮では出身階級による成分などがあり、党員が世襲的に固定化されましたが、ロシア十月革命においてはそのようなことはなかったはずです。レーニンは弁護士が党員になることを否定していません。

別宮 ただレーニンが否定してやまないカウツキーはこういっています。「民主主義とは多数者の支配を意味することは当然だが、同時に少数者の保護も意味する。というのは民主主義は少数者にたいしても平等の立場にたって、自由に自己の意思を表明する機会を保障する。けだし正しい思想も、初めは、極めて少数の人々によって理解されるに過ぎない。したがって、少数の意思を抹殺することは、とりも直さず、社会の将来の進歩への機会を閉ざすことである。要するに民主主義とは多数者の支配であるといっても、何時でも、現在の少数者が多数者になりうる。したがって、特定の個人または集団が恒久的に権力的地位を独占し、他の者がこれを占める機会を遮断することは本質的に民主主義に反する。換言すればレーニンのいう民主主義は、真の民主主義ではない」(カウツキー『プロレタリアの独裁』1918)。

このカウツキーのレーニン批判は誠にプロレタリア民主主義の誤りを的確に言い当てているのではないでしょうか。