ニミッツ
中国政治指導者の失敗はわかるんですが、一体、中国は二〇世紀で成功することができたんでしょうか。
別宮
できたと思います。ただ、失敗は外国のせいではないんです。中国自身に原因があるんです。一般にどこの国の国民も移動を制限されたり、職業を制限されたりすることを嫌がります。二〇世紀の中国において、この現象はとくに顕著でした。
これまで見てきたように中国は地域によって貧富の差が厳しい国です。そして、貧富がどこで分かれるかといえば、それは工業化の程度によります。
つまり、ある国または地域を富ますには工業化しかないんです。そして、ここからは誤解もありますが、工業化といっても、工場のある地域が富むんではないんです。ここは日本の現在の官僚も誤解しているところです。
ニミッツ
でも、工場は普通、都市に立地するのではないですか。農村から余剰労働力が都市に移動するのが普通と思われますが・・・。
別宮
工場というのは、企業と置き換えるべきでしょう。企業が産業革命を興すのであって、政府や農村人口が興すわけではありません。もちろん、政府は身分制の廃止や居住地制限を撤廃する、すなわち国民に自由を与えねばなりません。政府がやるべきなのは、そこまでで、あとは市場のルールを議会とともにつくることです。
このルールはもちろん法令と呼ばれるものですが、法令はこのように企業に敵対するものではなく、また労働者にも敵対するものでなく、社会の多くの人々を保護するためにあるんです。
ところが、中国人為政者はどうしても法律に自身が規制されることを好みません。なぜかといえばルールに縛られるべきだという考え方を理不尽なものと感じてしまうためです。
そのうえ貧富の差が大きいですから、奥地の農民は沿海部に移動したがります。1997年香港の返還されたときも、一番多い声は「何だ、香港に自由に行くことができないのか」というものでした。
また、私有財産保護に政府が熱心でないことに、人々の支持があることに注意してください。農業社会では極端な金持ちは現れません。このため商工業で利益を得た人々について、農民はいかがわしく感じるものです。ゆえに、政府が富者の私有財産を没収すると、一部の人々は快哉を叫ぶ傾向があるんです。江戸時代の日本にもこれがありました。中国には、とりわけこの傾向が強いといえましょう。
ニミッツ
中国は一体どうすればよかったのでしょうか
別宮
軍閥支配のままであればよかったんです。すなわち一つの国、統一国家ではなく、10カ国程度に分割されていれば、少なくとも沿海部は、台湾やかつての満州と同様の発展を遂げることができたでしょう。
ところが、孫文、蒋介石、毛沢東ら国民党や共産党の指導者は常に「統一」を求めました。中国を現在のような貧困に追い込んだのは実は、彼らのです。
ニミッツ
なぜ国民党や共産党は統一を常に求めたのでしょうか。
別宮
国民党は清朝を打倒しようとして結成された政党ですが、当初から国家主義的かつ社会主義的な傾向がありました。これは、西欧諸国に早く追いつこうとしたこと、及び西欧からの侵略を恐れたためです。
しかし、西欧やアメリカは北清事変を境目に、中国の紛争に介入する意欲を失い、専ら貿易などの経済関係維持に注力するようになりました。鉄道の建設により、陸上での移動が早くできるようになり、ヨーロッパにある本国から軍隊を派遣しようとしても間に合わなくなったんです。
つまり、中国に領土を求める国は日本とロシアを除きなくなりました。ロシアもソ連となってからは、領土的には現状維持であり、日本はといえば、軍閥による分割を望んでいました。このように中国に領土的野心をもつ国はなくなったにもかかわらず、中国人は外国人が隙あらば攻め込むと考えて疑わないんです。
ニミッツ
中国の分割は台湾の民進党はそのような主張ですが、内心では支持する中国人も最近では多いかもしれません。ただ、悠久の歴史をみれば、統一と分裂の繰り返しが常態なのかもしれません。