殲滅戦争

マーニャ ベートマン・ホルベークが宰相のとき、ドイツは第一次大戦に飛び込みました。ベートマンの責任は免れようがありません。

別宮 その通りですが、ドイツには「殲滅戦思想」がありました。

マーニャ おどろおどろしい名前ですね。

別宮 陸軍参謀総長シュリーフェンは日露戦争を評して、
「遠い満州であったゆえ、幾月にもわたり難攻不落の陣地で互いに拮抗した戦いができた。西ヨーロッパでは、こうした贅沢な戦争を許すわけにはいかない。陣地戦を維持するため、数百万車両を使っての鉄道輸送は長期間耐えられるであろうか?殲滅戦への機会を発見するしかない」("Cannae")
 と書いています。

塹壕戦で対峙することは経済的に耐えられないので、1回の大会戦で敵を殲滅し、そのまま講和に持ち込むというものです。

シューリーフェンプランはほぼ6週間でフランス野戦軍を殲滅し、返す刀でロシアに向かい、6カ月程度で屈服させようというものです。

マーニャ シュリーフェンは鉄道に論及していますが、鉄道の戦争に与える影響はどう考えていたのでしょうか?

別宮 シュリーフェンといえども過去の戦争から大きく離れることはできません。けっきょく、普墺戦争と普仏戦争勝利の記憶が去らないんですね。普墺戦争は鉄道を利用せず、普仏戦争はプロイセンだけが動員・集中の手段として鉄道を利用しました。

フランスに鉄道はありましたが、ナポレオン三世は騎兵を重視して使いませんでした。シュリーフェンは次の戦争も同じとみたんですね。

マーニャ 1回の戦闘で、戦争そのものに勝利するというのは山本五十六の真珠湾奇襲作戦にも似ていますね。

別宮 その通りです。殲滅戦思想の現われです。ただ、鉄道が殲滅戦に有利ということはありません。自国が侵入されたときは、鉄道を利用した内線作戦が可能です。好例はタンネンベルグ戦でしょう。

ところが、敵地に入ったときは鉄道は使えません。つまり歩兵の歩く速度でしか前進できません。うまく包囲した場合でも鉄道線1本で逃げられてしまいます。

日露戦争でも、ロシア軍の将領はほとんど鉄道車両に寝起きし、そこが司令部となりました。奉天会戦のときは全世界がクロパトキンが虜になるか注目しましたが、鉄道で逃げられました。